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「……ナーギー」
「……メル……?」
昼間だというのに賑わう酒場。カウンターに座りながらソフトドリンクを飲んで他の客たちと会話をしていた椛は、殺気立った様子で自分に近づいてくるメルに息を呑む。
「おまえ……おまえなあ……」
「な、なに、メル……」
「おまえのせいで俺大変なことになってんだけど!?」
「……はあ?」
ガシ、と掴みかかってきたメルに、椛は顔を思い切りしかめた。周りにいた客は面白がって、二人を囃し立てるように口笛を鳴らしだす。
「その! 赤いコート! そいつのせいで俺がエンジェルなんとか持ってるって間違われたんだよ! 俺がおまえに間違われたんだ!」
「え、エンジェル……」
「そうだよ、なんだっけ……え、エンジェリックジーン? なんか魔族にとってすごくイイやつなんだって?」
「なっ……なんでメルがそれを知ってるんだよ! 誰から聞いた!」
「えっ……? 悪魔?」
「……悪魔に知れ渡ってるの?」
「……そうみたいだね?」
「……」
さあっと顔を青ざめさせた椛に、思わずメルは押し黙る。椛のせいで自分がベリアルに誘拐されてノアの花嫁にされかけていることに怒りを覚えて殴りこみにきたのだが、こんな反応をされてしまっては戸惑ってしまう。
「じゃあその赤いコート脱げば? 赤いコートが目印になってるみたいだし」
「……いや、それは無理かな」
「なんで?」
「……エンジェリックジーンを持っていると悪魔に匂いでバレるらしいんだけど、このコートをきているとその匂いがわからなくなるんだよ。だから……」
「……そうなの? よくわかんないけど、着てないとだめなわけ?」
「そうだよ。……ところで、メルが大変なことって、なにかあったの?」
「えっ」
質問を返されて、メルは固まった。この町でぶいぶいいわせていて、且つ神父の息子として振舞っていた自分が、男に襲われましたなんて言えるわけがない。どうしようか、とメルが迷っていると……ばん、と勢い良く酒場の扉が開く。
「メルー! 約束どおり、会いに来たよ!」
「……ノア!?」
現れたのは――ノア。突然の彼の登場にメルはカチンと固まる。
メルの周りにいた人々も、みたことのない男をみて驚いたようだ。この町は町人皆が仲がよく、顔見知りのようなもの。そのため、この町のなかではちょっと浮いた高級感のある服を身にまとい、顔立ちもどこか高貴で浮世離れしているノアに、ざわ、と店内がざわめきはじめる。
「……おまえさん、誰だい? メルの友達?」
それでも気の良い男たちは、気さくな口調でノアに問いかける。そうすればノアは酒場の中に入って来て、メルの手をとって笑顔で言う。
「メルの将来の旦那!」
――その瞬間、店内は凍りついた。メルだけが「ちげえよ!」と騒いでいて、他の者たちは顔を青ざめさせてノアを見つめている。一人の男がぶるぶると震えながらメルに近づいていき、がっと掴みかかると同時に、一斉に皆が二人の周りに集まってきた。
「め、めめめメルちゃん……!? おまえ、いつのまに……! 恋人か!? 付き合ってんのかこのどこの馬の骨とも知らない男と!」
「おまえ勝手にそういうことするなよ! 俺達の間の抜け駆け禁止令の意味がなくなるだろ!」
「どこまでやったんだ!? おまえトレーシー神父のとこの息子だろ、まだプラトニックなお付き合いだろ!?」
「――俺とメル、昨日エッチしたよ」
「……エッチ……した……だと……」
「メルちゃんのはじめてが……」
ノアの告白に、店内は地獄絵図と化した。ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる男たちを払い、メルは慌ててノアの口を塞ぐ。
「し、してない! エッチしてない! 最後までやってねえから!」
「最後まで……? じゃあどこまでやったんだよ!」
「……あっ、えっと、その……」
詰め寄られ、メルはかあっと顔を赤らめる。ふるふると体を震わせながら言葉を詰まらせ、メルはノアの腕を掴むと逃げるようにして酒場を飛び出してしまった。
「……」
メルとノアの出て行ったあとの店内は、葬式モード。不良だ生意気だと言いながらもかわいがっていたメルがいつのまにか知らない男のものになっていたものだから、皆ショックをうけてしまったのである。
「……おおー、赤ずきんもやっぱショック? なんだかんだいって好きだったんだろ、メルのこと」
「べ、べつに好きなんかじゃ……」
カウンターにくたりと伏せている椛に、隣にいた男が話しかける。意気消沈したその様子は、他の者たちと同じようにショックを受けているようにみえた。むす、とした顔で返事をした椛は、メルとノアのでていった店の出口をぼんやりと眺める。
「メルって抱かれるほうだったんだ……」
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