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*** 「ここは……」  メルが連れて来られたのは、一面に薔薇が咲き誇る場所――バラ園だった。ほんの少し歩いただけなのに全く知らないこの場所にたどり着いて、メルはおどろいていた。たぶんノアと一緒にいたせいで、途中で人間界を抜けだして魔界に入ってしまったのだろうが……それにしても綺麗なところだった。魔界とは思えないくらいに空は青く澄み渡り、薔薇は色鮮やかで香しい。 「俺の友人の親戚のおじいさんが世話をしているバラ園。自由に出入りしていいんだよ。今日は俺達のために貸し切りにしてもらっているけど」 「……ノアの友人の……ってことはやっぱりここ、魔界……。魔界ってこんなに綺麗なのか?」 「場所によるよ。ここはそんなに魔族も住んでいないし魔界のなかでも田舎のほうだから、人間界とさして景色も変わらない」  メルはきょろきょろとしながら歩いてゆく。ふわ、と香る薔薇の匂い。真紅の花びらの薔薇。自宅に咲いている薔薇を思い出す。一生懸命世話しているあの薔薇と同じくらいに、この薔薇も美しい。 「……そのおじいさん……この薔薇、すごく大切に育てているんだな」 「……わかるの?」 「薔薇は……大切に育てられたら、すごく綺麗に咲くから」  メルはしゃがみ込み、花びらをそっと指先で撫でた。  メルの赤髪と、薔薇の赤。どちらも目を奪われるような、綺麗な赤。ふ、と咲いたメルの笑顔は、薔薇に負けないくらい……愛おしい。 「……メルも大切に育てられたんだね。親に」 「……なんで?」 「綺麗だもん」  にこ、とノアは笑って、メルの目線にあわせてしゃがみこんだ。するりとメルの頬を撫でて、目を細める。 「……君の周りの人は、本当にいい人たちだね、メル」 「……」  メルはぱちくりとまばたきをした。そして、ふいとうつむく。  心がぽかぽかとした。大好きな父親と、それから町の人々のことをそんな風に言われて、ほこらしかった。こみ上げてくる嬉しさは笑顔に変わって、メルは嬉しそうに、頬を紅潮させながら、笑った。 「あっ、」  メルははっと目を見開く。目の前にノアが迫っていたからだ。慌てて手のひらをかざして「それ」を阻む。 「な、なにするんだよいきなり!」 「だ、だって、メルがそんなに可愛く笑うから……キスしたくなっちゃったんだよ」 「知るか! キスはしないって言ってるだろ!」  ぐぬぬ、とお互いに迫っては拒んで、譲らない。 「い、や、だって……!」  ――キスは、まだ怖いんだ。メルはなんとかノアを押し返しながら頭のなかで呟く。ノアが悪いやつじゃないというのはわかっている、大好きな人たちのことも褒めてくれる、なにより――純粋に自分を好いてくれている。でもずっと恋愛なんてしてこなかったし、他人に触れられたこともなかったし。それに、ノアは魔族だから、ずっと教会で暮らしてきたこの身で彼を簡単には受け入れられなかった。 「メル、好きなんだ! 今も、こんなに……!」 「……っ」  ぱ、と手をとられて、ノアの左胸にあてられる。手のひらから伝わってくるのは……とくとくと、普通よりもずっと早い彼の鼓動。かあ、と顔が熱くなる。真剣な目で見つめられ、彼の心臓の高鳴りを感じて――おかしくなってしまいそうだった。 「……だめ、」 「メル……」 「だめっ……ノア……」 「……俺のこと、嫌い?」 「きらい、……じゃないけど……でも、だめだってば……」 「……そんな顔して拒絶するのは、卑怯だよ」 「えっ……」  どさ、と背中に軽い衝撃を感じた。地面に押し倒された。真っ青な空をバックに、ノアが見下ろしている。切なげな、そして心のなかの炎を押し殺しているような……そんな顔をして。ドクン、と心臓が跳ねた。ノアの表情にくらくらした。喰われてしまう――そう思ったのに。……身体が動かない。心のどこかで、無理やりに理性を壊されて、食べられてしまうことを望んでいた。 「……神父さんの息子は、なかなかに手強いね。なかなかオッケーくれないや」 「……」 「でもメル……嘘、はよくないよ。嘘をつく悪い子は、神様に怒られちゃうからね」 「嘘、……?」 「嫌じゃないでしょ。俺に、身体を開かれること」 「あ、」  く、と首筋にノアが噛み付いた。びく、とメルが身体を震わせれば、ノアがかすれ声で、囁く。 「……君の本当の気持ちをきかせてよ」 「だめっ……それ、だめ……!」  血を吸われる不快感を覚える。変にここで暴れてしまうのは危険だ。メルはノアの背をぎゅっと掴みながら、不快感に耐える。  ――血を吸われたら、おかしくなってしまう。  どんどん吸われていって、頭がぼーっとしてくる。身体に熱がこもり始める。 「の、あ……」 ……理性が、崩れてゆく。 「嫌なら、ちゃんと抵抗してね」 「……あっ……だめ、……」  するりとシャツの中に手をいれられて、メルはぴくんと震えた。  催淫効果で頭がふわふわするものの、動けないほどではない。だから、手を払おうと思えば、できないことはない。それなのに……ノアに身体を触られるのが気持ちよくて、メルは抵抗しなかった。触れる程度の力でノアの手を掴んで抵抗するふりをしたものの、それは全く意味をなさなかった。 「あっ、あっ……やだ……ノア、だめ……」 「顔、とろっとろ……」 「んんっ……」  両手で乳首をこりこりと転がされて、腰がぴくぴくと跳ねる。胸のあたりがじわっと熱くなっていって、もっともっと触って欲しいなんて思ってしまう。

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