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先ほどのノアの誓いの言葉が頭のなかに浮かぶ。まっすぐで、曇りのない自分への恋心。真剣なあのときのノアの顔を思い出して、どきんと胸が跳ねる。
「あ……」
唇を奪われる。奪われてしまう。
もう唇が重なってしまうくらいに顔を近づけられて、メルはぎゅっと目を閉じた。押し返すようにノアの胸に当てた手のひらが、いつの間にかぎゅっとシャツを握っている。
どくどくと鼓動が早くなってゆく。時間が長く感じる。息があがってきて、呼吸をとめるのが、苦しい。
「ん……」
唇を、塞がれた。ふに、と柔らかい感触を感じる。
(ファーストキス……奪われた……)
ぽろ、と涙がこぼれ落ちた。それはショックの涙というよりも、体中の熱が溢れでたような、そんな涙。重ねられた唇からじわじわと全身に熱が侵食していって、燃え上がるように熱くなる。鼓動が段々早くなっていって、息が苦しい。
「んっ……んっ……」
頭がぼーっとする。今日はまだ血を吸われていないというのに、吸われた時と同じような……下腹部のあたりで甘い熱の渦がくるくると蠢いているような、そんな感じがする。じわ、と白い光のようなものが頭のなかを満たしていって、なにも考えられなくなってゆく。
……気持ちいい。キス、すごく気持ちいい。
「あっ……」
「へへ……メルとキスしちゃった……! あれ、メル大丈夫?」
「……おまえ、キスにも、変な作用あるのかよ……」
「え? 何いってんの?」
「だって……体、あつい……」
「……!」
こんなに異常に身体が熱くなっているのに、なにもないわけがない――メルはそう思ったが、そんな言葉をきいたノアは嬉しそうに笑った。するりと頬をなでて、今度は鼻の頭に軽くキスをする。
「……好きな人とのキスって、ものすごく気持ちいいんだよ」
「えっ……」
「俺のキスには吸血みたいな特別な効果なんてないからね、メル」
「……っ」
メルがカッと顔を紅くした。ノアを突き飛ばすとその場を逃げるように飛び退いて、背中をベッドのヘッドボードにぶつける。そして身体を丸め、首からさげたロザリオを握りしめ、顔を隠しながらぶつぶつと呟いた。
「好きじゃない、俺はノアのことなんて好きじゃない、俺は神様を裏切ったりはしない、」
「メル」
「ひっ」
どん、と音がしてヘッドボードが震える。恐る恐る顔をあげれば、ノアがヘッドボードに手をついて、自分を閉じ込めていた。
顔が近い。ノアの眼光が胸を貫く。心拍数が限界まであがってゆく。
「メル」
「だ、だめ……」
「俺のこと好きでしょ」
「違うっ……好きじゃない……!」
「うそつき」
「あっ……」
ぐい、と顎を掴まれた。無理やり目を合わされて、顔が熱くなってゆく。少しずつ、顔を近づけられていって、唇を重ねられそうになった。あとほんの少し、ちょっとでも動けば唇がぶつかる、という距離までつめてノアは動きを止める。
「……っ」
苦しい。おかしくなってしまいそうだ。なんで、ここでノアはキスをしてこないのだろう。こんなギリギリまで近づいてきているのに。
「すごくエッチな顔。キスして欲しいんでしょ?」
「そんなこと……ない……」
「ふうん?」
「んっ……!?」
ぺろ、と唇を舐められる。突然のことにメルはびくん、と肩を震わせたが、ノアを突き飛ばさないように我慢した。なんだか逃げたら負けな気がしたから。
何度も、舐められる。一瞬の生暖かさを感じて、そして離れていけば寂しい冷たさを感じて。その繰り返し。焦れったい唇への愛撫に、メルの心はますます乾いてゆく。一瞬与えられる水が、余計に求める心を煽ってゆく。
欲しい……だめ……キスしてほしい……絶対にだめ――激しい葛藤に、苦痛を覚える。メルの震える瞳、真っ赤な肌、寂しそうな呼吸音。見下ろすノアの表情は、恍惚に満ちている。
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