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「メル様、もう少しでご自宅に着きますよ」
メルはベリアルに抱きかかえられて教会まで送ってもらっていた。教会の屋根が見えてきたあたりで、ベリアルがぐったりとしているメルに声をかける。
「ん……」
「どうなさいましたか、ぼんやりとして」
問われて、メルはかあっと顔を赤らめた。ベリアルの視線から逃げるように、その胸に顔をうずめてしまう。
今日のノアとの触れ合いがあんまりにも気持ちよくてその余韻から未だに抜け出せない、なんて言えるわけがなかった。キスをされて頭が真っ白になって、快楽に蝕まれて動けない身体をたくさん触られて。思い出すだけで身体が熱くなって、おかしくなってしまいそう。
「……メル様」
気怠げな、それでいて色っぽいメルの表情で察したのか、ベリアルは苦笑する。するりとその指先でメルの髪を梳いてやった。
「最近のメル様は、ますます美しいですね。ノア様が夢中になるわけだ」
「……美しいとか言われてもよくわかんないし嬉しくないんだけど」
「仕方ないじゃないですか。お世辞でもなんでもないのですよ。私が人間相手に美しいなんて思うこと、今までになかったのですから」
「……きもい」
メルはとん、とベリアルの胸を叩いておろしてもらうように請う。これ以上容姿を賛美されるのは居心地が悪かった。
メルがベリアルにお礼を言ってあとは一人でいけるから、と彼に背を向ける。そのとき、ベリアルが小さく声をあげた。
「……そういえばこの教会みたことあります。メル様、貴方のお父様のお名前はなんと?」
「え? トレーシー……だけど」
「トレーシー・クリフォード?」
「……うん」
義父の名前を伝えたとたん、ベリアルの表情が変わる。なにかまずいことでも言ったかとメルは焦ったが、ベリアルはただ面白そうに笑っただけだった。
「なるほどトレーシー神父。子を育てているなんて……大分丸くなったものですねえ」
「……え? なに?」
「いやいや、昔の彼からは考えられないもので」
「どういうこと?」
「どうって」
なぜベリアルが義父のことを知っているのか、「丸くなった」とはどういうことか、色々と混乱してしまってメルは震える声で問う。そんなメルの表情を気に入ったのか、ベリアルはメルを舐めるようにみつめ、にんまりと口角をあげる。
「トレーシー神父は、昔、とっても残虐なエクソシストでした」
ベリアルの言葉にメルは唖然と固まった。一瞬、言葉の意味が理解できなかった。トレーシーが昔はエクソシストだったということも知らなかったし、それに――残虐、なんて今の彼に最も似合わない言葉だったから。
「若い時の彼は、とっても冷たい目をしていましたねえ。悪魔を滅するときの表情といったら、とてもじゃないですけど神に仕える者だなんて思えないものでした」
「……嘘ついてない?」
「悪魔は嘘をついたりはしませんよ」
ショックをうけた、というわけではない。誰にだって知られたくない過去はある。ただ、今の彼からはどうしてもその冷たい表情といったものを想像ができなくて、メルは驚いてしまったのだ。
「……それ、いつの話?」
「えーと……彼が貴方くらいの歳の時でしょうか」
「ふうん……今、義父さんは60を迎えるけど……すっごく、優しいよ」
帰ったらきいてみようか……そんなことを考える。思ったよりも動揺しないメルをみて、ベリアルは少しだけ退屈そうに苦笑いした。
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