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「誕生日?」
メルの発した言葉に、酒場にいた男たちがわらわらと興味深そうに集まってくる。本当は隣の席に座っていた椛だけに相談していたのだが、メルの発言はあっという間に店内にひろがって皆めるの周囲に集結してしまった。皆に聞かれることが恥ずかしいと感じたメルは、顔をかあっと赤らめてテーブルの上に顔を伏せてしまう。
「トレーシー神父の誕生日が一ヶ月後にあるからお祝いする方法を考えて欲しいみたい」
もごもごと口ごもるメルの代わりに、椛が代弁してやった。そうすれば皆、驚いたように目をひんむいてしまう。
それもそうだろう。メルは基本的には性格が良い、ということは知られているが同時に素行の悪い不良としても認識されている。メルが義父のことを慕っているということは皆承知だったが、今までろくに誕生日をお祝いした素振りもみせなかったメルがこの歳になって突然そんなことを言い出したのだからびっくりしてしまったのだ。
「おいおいなんだよメルちゃん、クソガキから大人に近づいちまって」
「う、うるせえよ! からかうんじゃねえ!」
「からかってねえよ、嬉しいのさ」
メルも今まで義父の誕生日をちゃんと祝うということをしてこなかったため、改めてするとなると照れくささを感じていた。褒めてくる男たちを噛み付く勢いで振り払う。
しかし、皆がアイデアを出しているのを聞いている内に、メルの表情は穏やかなものになっていった。こうすれば、ああすればトレーシーはどんな風に喜ぶだろう……そんなことを考えて気持ちが踊るようだったのだ。
しばらく皆で話し合っていれば――なにやら外が騒がしくなってくる。店の外で、誰の叫び声が聞こえたような気がした。
何事かと外の様子をのぞきにいった男が、慌てて引き返してくる。
「――悪魔だ! でかい、バケモンが……!」
メルと椛は店を出て、その光景に息を飲んだ。死者はでていないようだが、道の端々に怪我をした人々がうずくまっている。そして、道の真ん中を歩くのは――巨大な、獣人だった。
「この町に、エンジェリックジーンを持つ「赤ずきん」という人間がいると聞いたが、それは……どっちだ?」
悪魔はメルと椛に問う。赤いフードをかぶっている椛と、赤髪のメル、どちらが「赤ずきん」と呼ばれる人物なのかわからなかったのだろう。悪魔がエンジェリックジーンを持つ人間を狙うということは捕食することが目的。それを知っている二人は、一瞬その質問に黙りこむがメルが先に口を開く。
「……俺だ」
「えっ!?」
嘘をついたメルに、椛は驚いて思わず大声をあげてしまう。相手から感じる強い魔力の波動から……この悪魔は一筋縄ではいかない。下手をすれば食べられてしまう恐れがあるというのに、ここで自分を囮にするのは危険だ。
「ちょ、ちょっと……メル」
「俺は心臓と頭さえやられなければ死なない、大丈夫だ」
「大丈夫じゃない! 痛みは感じるんでしょ!」
「おめーが死ぬよりマシだろ」
「……っ」
平然と自分が傷ついたほうがいいと言ってのけたメルに、椛は思わずときめいてしまった。どきどきとする胸を抑えて、椛は腕を組んでツンとした顔をしてみせる。
「……メルが傷つく前提はいらない。あの悪魔をさっさと退治しよう」
「……それもそうだ」
二人であの悪魔を退治してしまえばいい、その考えにはメルも全くの賛成だ。今までの悪魔よりも強そうだ……と少し不安を覚えながらも、頷いてみせる。
「俺が高位の呪文準備している間におまえがあいつの足止め用の軽い呪文唱えてくれる」
「うん……!」
簡単な作戦をたてて、二人が魔術具をとり出した時――ぞわ、と悪寒が二人を襲う。悪魔は殺気を放った瞬間に大地を蹴り――一気に二人に突っ込んできた。
「げっ……まじか……!」
とんでもないスピードだった。二人が魔術を唱える隙などあたえないとでもいうような、そんな早さで悪魔は突っ込んでくる。これは椛が足止めする余裕もないと判断したメルは、舌打ちをして椛を突き飛ばした。いつもどおりの祓い方をするしかない。治癒能力の高い身体を使って、時間をかせぐしか。
「ちょっ、メル……!」
突き飛ばされた椛は、自分が犠牲になろうとしているメルをみて叫んだ。身体が治るところをこの目でみているものの、メルが傷つくところはみたくない。
悪魔がメルに襲いかかろうとしたとき――誰かが、メルと悪魔の間に割り込んでくる。
「えっ、ちょっ……」
その人物はメルをかばうようにして……そのまま悪魔の猛攻をあびてしまった。
「……!」
その背中をみて、メルは即座に彼の正体を悟る。ノアだ。自分を庇って大怪我を負っている彼は、ノア。
「ば、馬鹿、ノア……」
「い、痛い!」
「当たり前だろ馬鹿!」
振り向いたノアは、メルが無事なことがわかると安心したように笑う。上半身に大きなキズを負い血まみれになっているにもかかわらず、メルのことしか頭にないようだ。
「大丈夫、すぐに追い払うからね」
不安げな顔をするメルの頭をノアは撫でる。傷のわりには余裕そうで、ノアは悪魔に再び向かい合うと不敵に笑ってみせる。
――鮮やかなものだった。ノアは魔力でつくりだした剣を使って、あっさりと悪魔を追い払ってみせた。メルはノアが高位の魔族であるとはわかっていたが、ここまで力があるとは思っていなかったため、唖然とその姿をみていた。
「……ノア」
悪魔が逃げてゆくと、ノアは疲れてしまったようでその場にどさりと座り込む。椛が店の中へノアの救護の援助を頼みにいくなか、メルはノアに駆け寄った。魔族は傷の治りが人間よりも早いというが、メルほどではない。受けた傷はまだまだ治るのには時間がかかりそうで、ノアはつらそうに苦笑いをしている。
「ばか、俺のことなんて庇うなよ……俺は傷を受けてもすぐに治るんだから……」
「だって、メルが痛がる顔なんてみたくないじゃん」
「……ばか、」
朗らかな笑顔を向けてきたノアに、メルは泣きだしてしまった。そんなメルをノアがよしよしと撫でていると、店のなかから救急用具を持った男たちが慌ててでてきた。
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