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「そういえば俺、おまえに聞きたいことがあるんだけど」
上着にブラシをかけているベリアルに、ノアが問う。
「ベリアルって偉い悪魔なんだよね。なんで俺に従事しているわけ?」
――ベリアルがノアの執事としてこの城に住まうようになったのは、ノアの両親が亡くなって間もない頃だった。両親が亡くなった日、一人でどうしたら良いかわからない、まだ子供だったノアのもとに突然ベリアルが現れたのである。ベルがなって恐る恐る玄関をあければそこに立っていたのが、真っ黒いコートに身を包み、傘を差して立っていたベリアルだった。
ノアは両親の立場もあって「伯爵」と呼ばれているが、特別悪魔の世界で偉いというわけでもない。むしろ、階級でいえばベリアルのほうがずっと上だ。なぜ自分の下で働く必要があるのだろうと……それはノアがずっと思っていたことだった。
「……貴方の側にいれば、退屈な私の人生が華やぐと思ったからです」
「……? なんで?」
「貴方の境遇が、とても愉快なものだったから」
「……なるほど」
悪魔にとっての愉悦は――心を持つ者が、悩み、苦しみ抜く姿。ベリアルに「愉快」と言われるということは、自分の苦しみを悦とされていた、ということになる。自分の何が彼にとってそんなに面白かったのか、それをノアは瞬時に理解した。しかし、気を損ねることもなく、にっこりと笑ってみせる。
「……それで、ベリアルは今、楽しいの?」
「今までも楽しかった。……しかし、これからもっと、楽しくなりそうです」
「……これから?」
ベリアルは手入れを終えたコートをクローゼットにしまう。怪訝な表情をしたノアに、微笑みを向けてみせると何も答えることなく、そのまま部屋を出て行ってしまった。
取り残されたノアは、ベリアルの出て行った扉を見つめ続ける。彼の言葉の意味はよくわからないが……彼の動向を探る必要は特に無い。高位の悪魔は自分で行動を起こすよりも、人が勝手に動いて勝手に苦しむところを眺めるのが好きというもの。彼が何かをするとは思えなかったのだ。
「……よくわかんない奴」
ふう、とノアはため息をつく。
とりあえずは、明日はメルと楽しい一日を過ごせる。今日は早いところ寝てしまおうと、ノアは床に就いたのだった。
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