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***  身体を揺られながら、ぼんやりと月を眺める。ベリアルに家まで運んでもらう途中も、メルは夢見心地だった。一日中抱かれていたせいか、身体がふわふわとする。下半身がじんじんとして、意識もしないのにノアとの行為の最中を思い出してしまう。 「……メル様、少々こちらをみていただけますか?」 「ん……?」  ベリアルに呼びかけられて、メルは彼の瞳を見上げた。赤い、血のような瞳。  ベリアルはじっとりとメルを見つめると、唇の端をあげて笑う。 「……美しいですね、メル様」 「また、それかよ……」 「本当に、ますます美しくなっていらっしゃる。不思議だとは思いませんか? この私が、貴方から目が離せない」 「……そういうの、いらないから」 「ふ、そういう態度もまた、素敵ですね」  ベリアルが、道を逸れて人目につかない草陰に向かう。メルが狼狽えていれば、どさりとそこに転がされた。 「……ベリアル?」  横たわるメルにベリアルはまたがって、するりと頬をなであげた。月光を背に、ベリアルの微笑みは不気味に陰る。 「もっと開いてみたい」  ゾワ、と悪寒がメルの全身を貫く。なんで?どうして?疑問ばかりが頭のなかに浮かんできて、まともに思考回路が働かない。彼はノアに忠実な執事じゃなかったのか。ノアを裏切るようなことを、どうして。 「なんの、つもりだよ! 俺は……俺は、おまえの主人のものだぞ」 「……好奇心です。貴方の身体は少々不可解な点がある。暴きたいと思いまして」 「不可解……?」 「……私が貴方を美しいといっているのは、決して容姿のことではありませんよ。私は「殻」には興味ありませんからね。貴方の魂が……徐々に、私を惹きつけている。おかしいと思いませんか? 人の生まれ持った魂は、生涯変化することなどないはずなのに」  す、とベリアルの指先が、メルのシャツの襟にかけられる。にいっと弧を描くベリアルの唇に、とてつもない恐怖を覚えた。 「――貴方の魂を、もっとよく私に見せてください」  び、とシャツが破かれた。  ひゅ、と空気が喉を通る音がいやに聞こえる。はだけた胸をなであげられて、そのベリアルの手の冷たさにメルは身を捩る。逃げないと、そう思うのに手足が震えてまともに動けない。身体を引きずるようにして腕の力で後退するも、悪あがきでしかなかった。 「……ちゃんと、人間の魂を持っていますね。魔物の類かなにかと思ったのに」 「あたりまえだろ……! 俺は人間だぞ!」 「でも……貴方の身体からおかしな力を感じる」  がしりと手を掴まれて、じっとりと上半身を舐められた。抵抗しようにもできなくて、メルはぐっと顔をそらし身体を震わせ、こらえることしかできなかった。 「うっ……あ、」 「触れるたびに……何かが私を攻撃するような、力が」 「やっ……やだ、……やめ、……」  気持ち悪い、そう感じた。目に涙が溜まってきて視界がゆがむ。一体自分が何をされているのかわからない。でも、ノア以外の男に執拗に触られることに抵抗を覚えた。  怖くて、怖くて。やがてメルの抵抗は薄れてゆく。ぐたりと地面に横たわり、もうどうにでもなれと力を抜いた。にやりとベリアルが嗤う。赤い瞳――自分以外で赤い瞳を持つ者を初めて見た―― 「――そこで何をしている」  がさ、と足音が聞こえてきた。二人がハッとして音のしたほうを見遣れば、そこにいたのは――トレーシーだった。襲われかけているメルをみて、氷のように堅く冷たい表情をしていた。初めてみるトレーシーの表情に固まるメルに対して、ベリアルはそのにやけヅラを引っ込めようとしない。むしろ興奮したように瞳孔がひらき、悍ましいほどの笑顔を浮かべたのである。 「トレーシー神父。こんばんは」 「……ベリアル、」  ざあっと葉風が立つ。メルははだけたシャツを直しながら、そろそろとベリアルから離れていって二人を呆然と眺めた。  ――知り合い?  ベリアルが一方的にトレーシーのことを知っていたとばかり思っていたメルは、トレーシーの反応に驚いた。いつもとはまるで違うトレーシーの様子に、メルは不安を覚えてしまう。 「その子は、私の子だ。手を出さないでくれないか」 「……随分と、大切にしているようですね。この拾い子を」  ふん、とベリアルは嗤うと立ち上がる。そして土のついたジャケットを軽く叩いて、トレーシーに微笑みかけた。 「――大切にしすぎると、かえってこの子の人生が狂うかもしれませんよ」 「……!」  にかっと真っ赤な舌を見せてわらったベリアルは、トレーシーに睨みつけられるとあっさりと姿を消してしまった。  すぐさま訪れた静寂が漂うなか、トレーシーはメルに駆け寄る。きゅ、と不安げな表情をみせるメルを抱きしめて、よしよしと背中を撫でてやった。ベリアルにみせた冷たい顔とは違う彼に、メルは安心して泣きそうになってしまう。トレーシーに抱きついて、身体の震えが収まるまでしばらくそのままでいた。

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