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*** 「そう言えば君と二人で話すのは初めてかも」  空に星の影が見え始める時間。ノアは酒場にて椛と二人で飲んでいた。今日は夜にでもメルに会いに行こうと考えていたため、それまで軽く町の人々と語らおうと思ったのである。ノアもすっかり町に馴染んで、こうして自然と酒場にも溶け込めるようになった。町の人々はノアをみればまるで友人のように話しかけてくる。 「ノアは、最近メルと会いましたか?」 「ああ、うん。ほぼ毎日会ってるよ」 「……メル、最近どこかおかしいと思いませんか?」 「おかしい……? うーん、顔色が悪いなあとは思うかな。あとちょっと表情が暗いというか」  先日メルの家にいったときに襲われかけたこと。あれについて椛はずっと考えていた。メルはノアと恋人で、自分に恋情を抱いていないということは知っている。一時の感情で襲ったりするような人物でないということも知っている。だから、あのときのメルはおかしいと、はっきりとそう思う。それに、襲った直後にメルは「意識が飛んでいた」と言っていたから……彼の中に異変が起きているのだと、そういった考えにたどり着くのは自然なことだった。 「あの……怒らないで聞いてください。僕、この前メルの家にいったときに……突然、押し倒されて、襲われかけました。ごめんなさい、抵抗しなかった僕も悪いんですけど……あのときのメルはどこか変で、人が変わったようにがっついてきて……」 「メルが? 椛を襲ったの?」  椛の言葉をきいて、ノアは当たり前だが酷く動揺していた。しかし、椛の表情をみて、すぐに冷静さを取り戻す。最近のメルのどこかおかしな様子とあいまって、彼に何かあったのではないかと、そう考えたのだ。 「うーん、可能性を考えたけど……メルは人間だもんなあ……違うよなあ」 「可能性?」 「いや、椛はエンジェリックジーンを持っているんでしょ? 俺たち魔族は、エンジェリックジーンの気配に強く惹かれる習性を持っているんだ。理性を失って突然襲っちゃうこともあるし、それから食料としてもみている場合もある」 「ああ……たしかにそうですね。って言ってもメルは魔族じゃないし、それとは関係ないと思いますけどね」 「だよねー」  じゃあいったいどうしたんだろう、とノアはまた考え始める。自分のエンジェリックジーンとあのときのメルの行動は関係ないと、椛も考えていた。が、ふと思い出す。そういえば、メルの様子が急変したのは、赤いコートを脱いだときだったと。エンジェリックジーンの気配を遮断するこのコートを脱いだ瞬間に……メルは椛を襲ったのだ。でもやっぱりメルは人間だからそれは関係ない。椛もぐるぐると考えて……答えにはなかなかたどり着かない。 「……そういえばノアって魔族なんですよね。ノアも僕のエンジェリックジーンに惹かれちゃったりするんですか?」  考えることに疲れてしまって、椛はふと普段から思ってたことを聞いてみる。ノアが魔族であることは少し前にカミングアウトされていたが、本人の性格の良さと人を襲ったりはしない魔族というせいか、案外皆に受け入れられていた。ただ、魔族がエンジェリックジーンに惹かれるというのは全ての魔族に共通している習性のため、椛は不安に思っていたのである。 「んー、一応惹かれはするかな。エンジェリックジーンは強力だからねー、どんなに俺がメルのことを好きでも、本能で惹かれちゃう。でも、普通に理性で抑えられるから怖がらなくていいよ」 「抑えられるものなんですか……?」 「俺が半分人間だからっていうのもあるかもしれない。でも、魔族ってみんな本能を抑えられるもんだよ。そんな、理性を失ってむやみやたらに襲いかかったりしないから」 「えー……でも、僕の親が魔族は問答無用で襲ってくるから気をつけろって」 「息子に常に注意をはっておいて欲しかったんじゃない? あー、でも稀に理性のきかない魔族はいるんだ」  不安げな表情を見せる椛を安心させるように、ノアは笑う。そして、水の入ったグラスに口をつけながら、頭から情報を引っ張り出すように、宙にゆらゆらと視線を漂わせた。 「理性の抑え方を知らない奴は、何も考えずに襲いかかってくる」 「抑え方を知らない?」 「子供とかね! 生まれたての子供は本能のままに行動する。人間も同じでしょ? あとー……まんまりないけど、突然魔族になっちゃったやつとか」 「突然魔族になるとかあるんですか?」 「グールに噛まれて仲間になっちゃったり悪魔と契約して自ら悪魔になっちゃったり。それからー……えーっと、あれだ! 特殊な術で人間になりすまして長い間過ごしていたけど、ある日突然術がとけて魔族に戻っちゃったり!」 「レアケースですね……身近では起きなそう」

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