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 す、とメルの上半身を撫でてゆく。メルはぴく、とみじろいで涙に濡れた瞳でノアを見つめた。血まみれのその顔でも、やっぱりメルのことが愛おしい。いつものように胸元を触ってあげて、ゆっくりとメルの緊張を解いてゆく。 「あっ……のあ……」  メルの瞳がゆらゆらと揺れる。視線の先には、先ほど自分がつけた傷跡。血がだらだらと流れるそこを、メルは凝視していた。ああ、食べたいんだな。それに気付いたノアは、メルを抱き寄せてその唇を傷にいざなってやる。メルはしばらく逃げるようにノアの胸を押していたが……やがて、恐る恐る、傷口に吸い付いた。ボロボロと涙を流しながらノアの血をずるずると吸ってゆく。メルのように強い治癒能力を持っていないノアは、それだけでも苦しかったが、メルを愛撫する手を休めない。「可愛い、愛している」といつものように愛を囁きながら、メルの身体を可愛がってやる。 「うッ……」  ぶち、と肉のちぎれる感覚が鈍く響く。悍ましいほどに溢れ出る血と灼熱にも似た痛み。ノアは歯を食いしばりながら、メルの身体を愛でてゆく。メルの後孔を優しくほぐしてやれば、メルは甘い声をあげながら……ノアの肉を食らう。痛みは強すぎて、もはやどこを喰われているのかもわからないが、おそらく右肩は大きく抉れているだろう。魔族でなければ死んでいたかもしれない、そんな傷を負いながらもノアは逃げない。メルが食べたいなら食べさせてあげる、メルが触って欲しいなら触ってあげる。苦しくて、苦しくて、あまりにも苦しくて……狂ってしまいそうだったが、それでもメルを愛している。彼が人狼になってもいい、人狼となった彼を、愛してあげる。 「のあ……」 「大丈夫……大丈夫だからね、俺は人間よりも、少し頑丈だから……それくらい喰われても、死なないよ。メル、泣かないで」  ほんの少し残る理性がメルの涙を生む。ノアの肉を食いながら美味しいと感じてしまう自分が嫌で仕方ないのだろう。嗚咽をあげながら大泣きして、それでも……やっぱり、食べる。長年押さえ込んだ魔性は止まらない。理性だけでその食欲は、止められない。 「んっ……」 「メル……ちょっと腰浮かせて」  後孔が十分にほぐれてきて、ゆっくりとひとつになる。挿れる瞬間、メルはノアから口を離してはくはくと息をしていた。気持ちよさそうに目を閉じて、ぴくぴくと震えているのをみると愛おしさが溢れてくる。 「あっ……あん……」  甘い声は以前と変わっていなかった。血まみれの人喰いと化してしまったというのに、その可愛い声は変わっていない。メルはメルだな――郷愁のようなものを覚えて、ノアは切なげに微笑んだ。もっとその声がききたい、そんな思いに駆られる。優しく抱こうと思っていたのに、以前のメルの面影を求めて強く突き上げてしまった。血に濡れたその唇にキスをすれば、死の臭いを感じる酷い生臭さが口いっぱいに広がる。身体を激しくゆすれば、メルに食いちぎられた肩口からどくどくと大量の血が溢れてきて失血で意識が飛びそうになる。 「あぁっ、あんっ、のあっ、あっ、あぁんっ……」 「かわいい、メル……」  背中に爪をたてられた。可愛いものなんかじゃなくて、ガリガリと肉を抉るように。それはまさしく狼のごとく、血の臭いに対する興奮を煽る行為。ノアの身体が傷まみれになり、大量の血を流せば流すほどにメルは興奮する。炎に焼かれるような痛みが全身にはしり、頭のなかがじわりと熱くなってゆく。意識が朦朧としてきて、もう死ぬんじゃないかとそう思った。それでも、メルとひとつになれていることに喜びを感じるから、行為は続けることができる。可愛らしい声が、意識をつなぎとめる。 「あっ……あぁっ――ノア……!」  ノアが中にだしたのと同時に、メルも達した。その瞬間に――メルの瞳の紅が深まったような気がした。ああ……もうきっと彼には、理性が消えてしまうのだろう。俺を愛する気持ちも、わからなくなってしまうのだろう。  ノアはふ、と笑ってメルを抱きしめる。  視界が白んでゆく。もう身体が限界だった。ノアはメルを抱きしめたまま、ばたりと横になった。 「メル……愛しているよ……」  血の海に沈んでいるような心地。全身が温かい。メルも絶頂の余韻に耽っているのか、動かずにノアに身を委ねていた。 「ごめんね……メル。もしも俺に出会っていなかったら、メルは人間として幸せになれたかもしれないのにね……ごめんね」 「……う、う……」  ぼそりとひとりごとのようにノアが呟くと、メルが怒ったようにノアの胸をどんどんと叩く。もしかしたら出会いを否定されて悲しかったのかもしれない。そう思ってノアは泣きながら笑う。 「……俺は、悪いやつだ。こんなことになっても……メルを好きになってよかったって思っている。メルと一緒にいれて、幸せだった」  さあ、と目の前が光で満ちる。意識が飛ぶ。冷静にそう思った時、ぱちぱちと拍手のようなものが聞こえてきた。いやらしいその拍手はベリアルのものだろうか。そう思ったが拍手の主を確認することもできぬままに――ノアは気を失ってしまった。

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