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「……?」
ノアが目を覚ますと、身体には温かい布団がかけられていた。身体はじくじくと傷んで、まともに動くことができなそうだ。ちらりとメルに喰われた肩をみてみれば、包帯が巻いてあって誰かが手当てをしたということがわかる。
「おめざめですか」
「……ベリアル」
ベッドの傍らに立っていたのはベリアルだ。お湯の入ったたらいでふきんを絞って、ノアの身体から吹き出す汗を拭いてくれる。
「また、メル様の魔性を刺激したようで」
「……半端に理性が残っているくらいなら、完全に人狼になったほうがマシだって思った」
「人間がたくさん死にますよ」
「……それでもいい。俺はメルさえ幸せなら」
「ふ、それが貴方の答えならば結構」
ベリアルが微笑む。散々弄ばれてもこの男を嫌うことができないのは、やはり昔から寄り添ってくれていたからで。ノアは舌打ちをうってベリアルから目を逸らした。
「……メルは」
「メル様なら他のお部屋に。貴方と一緒にいると、貴方が意識を失っている間に全身を喰いかねない」
「……べつにいいのに」
「あはは! だめですよ。私は貴方をもっとみていたい」
「……俺のことをオモチャにしやがって」
ベリアルがノアの髪をするりと撫でる。手は痛みで動かせなかったため、軽く首をふってその手を払った。それもまた、首が強烈に傷んだのだが。
「……ところで。伯爵。今日、誰かの血を吸いましたか?」
「いや……? さっきはとてもじゃないけど吸える状況じゃなかったから」
「そうですか。早く誰かの血を吸わないと、伯爵の命が危機にさらされますよ。治癒も遅くなってしまう」
「……じゃあ、あとで……メルのを」
「……それは、できないと思いますよ」
「え?」
ぱ、とノアが顔をあげればベリアルの真っ赤な瞳が自分をじいっと覗きこんでいた。ノアはぎょっとして口元をひきつらせる。
「メル様はもう、人狼に限りなく近い存在です。貴方はたしか……人間か天使の血しか吸えないのでは?」
「あ……」
そうだった。魔族にとって好物以外の食料は、まずくて口に入れることはできない。できたとしても、精神的な負荷となって心を病んでしまう。人間と天使の血を好物とする吸血鬼にとって、人狼の血は泥水と寸分違わない。
「でも……違う人の血を吸ったら俺はその人のことを好きになる」
「いいじゃないですか。あなたになんの不都合が?」
「……メルを愛しているって気持ち、俺の中ですごく大切なものなんだ。なくなったところできっと、俺は何もわからないで新しい恋をするんだろうけど……でも、なくなるって考えるとすごく悲しい。メルのこと、本当に好きだから」
「……わからないですねえ。とても愚かだ……でも素敵ですよ。損得で考えられないくだらない感情に踊っている人間が私はとても好きです」
ベリアルが恍惚とした表情を浮かべた。ベッドに手をつき、布団の上からノアにのしかかる。体重をかけられると全身の傷が傷んでノアは顔をしかめたが、ベリアルはそんな表情すら愛おしいとでもいうように……ノアにキスを落とす。ぎし、とベッドが軋む。逃げようにも逃げられず、ノアはただ、その瞳でベリアルを睨みつけることしかできない。
「……笑いたければ笑え。勝手に俺を愚か者だと嘲笑えばいい。俺はおまえの喜ぶようになんて行動しているつもりはないし、逆におまえの嘲りから逃げるように行動するつもりもない。おまえがどう言おうと……俺は興味がない」
「ふふ……それは哀しい。私は貴方に興味深々なのに」
ベリアルが淑やかな手つきでノアのシャツのボタンを外してゆく。しかしノアが「触るな」と一蹴すれば、にこにこと笑って離れていってしまった。
「その愚かな愛でメル様を救えるのか……見せてもらいましょうか。もっともっと、私を魅せてください」
ベリアルの呼びかけにノアが目もくれず無視してやれば、ベリアルは恭しくお辞儀をして……部屋を出て行ってしまった。
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