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03:ルッツとレナート
高台に座り込んで、戦場を見下ろしていた。戦争に縺れ込んでだいぶん経つが、双方疲弊するばかりでまだしばらく決着はつきそうにない。ぼうやりしていると背中に突然、とすりと重みを感じてレナートは振り返る。
「珍しいな、おまえがひとの気配に気付かないなんて」
背中合わせに体重を預けるルッツに、レナートは苦笑する。
「そう、だね」
実際、背後から近付いてきていることに気付かず、ぼうっと戦場を眺めていただけのレナートは、ルッツの言葉に笑うしかない。彼が自分を殺す気なら、きっととっくに死んでいた。死ねないけれど。
「心臓が止まるかと思ったよ」
ついでにそうおどけると、ルッツは、ああはいはいと呆れたような返事をする。背中に体重を預け、空を見上げるルッツに、レナートも、背後の人物を確認するために振り返っていた首を前に戻した。
「なにか、あったのか?」
ルッツが唐突に問いかける。レナートは、困ったように口を閉ざした。何かがあったわけではない。あったとしても、それはもう随分前に片の付いたことで、今更思い返して感傷に浸るようなことでもない。
「まあ、別にいいんだけどさ」
聞いたところでどうせ、俺にはわからないことだしな。いつまでも答えないレナートに、ルッツはそう零して目を閉じた。
ルッツは、レナートを許していない。かつては共にひとりの王に仕え、信頼しあい、想いを重ね合った。だというのに、何の説明もなく突然裏切って寝返ったレナートを、許していない。だから、背中を預けながらも一度も目を合わせようとはしないし、それどころか顔すら見ようとしないのだ、と。
そのことをわかっているレナートは、忙しく、軍人でもないひ弱な存在でありながら、こんなところまで訪れてきたルッツの考えが解らず首を傾げた。
「ねぇ、ルッツ」
「ん?」
呼びかけに答える声は、穏やかだ。
「きみこそ、何かあったの?」
レナートの問いに、ルッツは沈黙した。答えないのなら、と、レナートが言葉を続ける。
「きみは、僕のことを恨んでいるんだろう?」
きみは、裏切り者の僕のことを許していないのだろう? 呟くように、囁くように、独り言のように、問いかける。ルッツは閉じていた目蓋を持ち上げた。
「きみは、僕のことを」
「赦しはしない」
レナートの言葉を奪うように言い放たれたその言葉は、内容の割に至極穏やかで。レナートは、ただ戸惑う。ルッツは預けていた背中を離して、立ち上がった。
「でも、俺は」
離れていく体温には、レナートは反応を示さなかった。
「おまえを、愛しているから」
その言葉に驚いて、レナートは勢いよく振り返る。ルッツは数歩離れたところで、背中を向けたまま、爽やかに吹き抜ける風の中で伸びをしていた。
じっと、レナートが見ていることに気付いたのだろうか、首だけで振り返る。ようやく、目が合った。
「だから、おまえになにかあったら、駆けつけたいと思ってしまうんだ」
そう言って照れくさそうにはにかむと、ルッツはまた前に向き直って歩き出してしまう。暫し呆然とその背中を見送りかけたレナートは、慌てて立ち上がって、追いかける。追いつくなり、何も言わないままルッツを後ろから抱きしめた。
「レナ……」
「許してくれなくていいです、でも、僕も」
きみに何かあったときには、駆けつけてもいい?
その言葉に、ルッツは笑ってレナートの腕に触れた。
「聞く前に駆けつけちゃってるじゃんか」
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