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青が散る
***
「知ってるか? この世の生き物は皆等しく平等なんだってさ」
「誰がそんなこと言ったんだ」
「カミサマらしいぜ? ヒトの讃えている、カミサマ」
「……へえ」
砂埃が鬱陶しい。歩いている内にズレたゴーグルを直しながらラズワードは気のない返事を返す。苛々が募っているのか早足で砂の上を歩き続ける。あまり相手にされていないことは気付いているのかいないのか、そんなラズワードの後ろを付いてゆくグラエムはタバコを咥えながらぺらぺらと話し続けた。
「ラズー、聞いてる? せっかくオレが面白い話してんだぜー?」
「聞いてる」
「聞いてねえじゃん! これから面白くなんだよ、ちゃんと聞いてくれよー」
「……だったらさっさとその面白いところ言ってくれ」
不機嫌そうにラズワードは足を止める。ようやく話を聞いてもらえると思ったのか、グラエムの表情はパッと明るくなった。そしてラズワードが振り向くと、グラエムはにやりと笑う。
「オレたち、全然平等じゃなくね?」
「まあ、確かに」
「オレたちはこーんな金にもならねぇのに命懸けのクソみたいな仕事しかできないのに、ラクして金ボンボン稼いでいる奴もいる」
グラエムは、ふう、と煙を吐いた。ラズワードはその煙を正面からまともに直撃することになったが、慣れているのか顔色一つ変えない。
「ヒトによれば神様の使いのオレたちが……『天使』のオレたちが平等じゃない」
「……」
「それなのにカミサマは平等を説いているんだってさ。なあ、神様ってさ、すんげぇペテン師だと思わね? それか悪徳商法の詐欺師とか!」
言い終わった瞬間、グラエムは吹き出した。自分でいったことが面白くて仕方ないようだ。ゲラゲラと何かを馬鹿にしたように大きな笑い声をあげる。しかし、そんな笑い声もすぐに引っ込めた。ふ、と微かに吹き出すラズワードの声を聞いたからだ。
「あ、やっぱ? 面白くね? これ!」
「……いや、グラエムの笑い方が馬鹿っぽくて……」
「笑うとこちがくね!?」
馬鹿にされたと理解しながらも、グラエムはラズワードが笑ったという事実を嬉しく思った。ラズワードはあまり笑わない。いつもなんとなく無愛想で、話しかけてもその返事は淡々としている。ただ、そんなところが落ち着いているとも言えるし、決して気遣いができないというわけでもないので、それなりに好かれているのだが。
もう一つ好かれる要因があるとしたら、その目も眩むほどに美しい容姿だろうか。砂漠の中では少しわかりづらいが、茶色い髪の毛はサラサラとして風に靡く様子はまるで絹糸のよう。その肌も透き通るように白くて陶器を思わせる。華奢な体つきのおかげで何を着ても恐ろしく似合っていた。
そんなラズワードが、滅多に見せない笑顔を見せてくれたものだから、グラエムはなんとなく優越感のようなものを覚えたのかもしれない。なんだか心の中がふわふわと暖かい。
「でも、ちゃんと話も聞いていた。面白いと思ったよ」
ただ、その笑顔が可愛らしいかと問われれば頷けない。どこか皮肉を込めたようなその笑顔は、「花のような笑顔」なんて比喩はとてもじゃないが使おうと思えない。
「……反吐がでるくらい、面白いって思った」
「それ、面白いってことなのか?」
「もちろん。今の俺たちの生き方も、カミサマに与えられたってことだろう? ありがたすぎて笑えてくる」
「……おまえなんか今日饒舌だな」
「……グラエムが面白いこと言ったからかな」
「あ、やっぱオレ面白い!? よしよし、ラズ、今日飲みに行こうぜ!」
「……金がないし夜は予定があるっていつも言っているだろ」
「うへー、付き合いの悪さは変わんねえな、おまえ」
ぶす、と口を尖らせたグラエムを無視してラズワードは再び歩き出した。
しかし実際のところそんなにグラエムは苛立っているわけでもなかった。やはり、ラズワードがまともに自分と会話をしてくれたのが嬉しかったのだろう。ラズワードが自分を見ていないことをいいことに、ニヤケを止めるつもりはなかった。
「――まて」
ラズワードがはたと足を止める。ニヤニヤと頭を浮つかせていたグラエムはそのままラズワードに正面衝突してしまった。ラズワードはそんなグラエムを気にも留めずに、しずかにグラエムに言う。
「いたぞ」
「……あ、マジだ」
ラズワードの言葉にグラエムは目を凝らす。そうすれば、前方に人間のふたまわり程もある獣の群れがある。
赤黒い毛並み、爛々と輝く瞳。隆々とした筋肉がその手足を覆う。アレに睨まれレでもしたら、きっと普通の人間はそれだけでも気絶してしまうだろう。しかし、二人は獣の群れそっちのけで会話をし続けていた。
「あれから全部とったらいくらになるんだろうな」
「さあ、精々一週間分の食費ってところじゃないのか」
「すっくねぇー!!」
緊張感の欠片もなく、ゲラゲラとグラエムが笑う。釣られたようにラズワードも少しだけ笑ってはみるが、その目はしっかりと獲物を捉えていた。
「おう、じゃあやるぜー」
「ああ」
ラズワードが頷くのと同時に、グラエムは首から下げていた笛を勢いよく吹いた。空気を震わせるような甲高い音が響き渡る。その音を聞いた獣たちの耳がピクリと動いた。そして、ジロリと二人を睨みつける。
その笛は獣を引き寄せる音を発するものであった。ラズワードたち「バガボンド」と呼ばれる組織につくものにとって必須の道具である。バガボンドは「流れ者」を意味する、狩人集団だ。獣の心臓を獲ってそれを売ることで生活しているのである。その獣というのも普通の動物とは異なる、魔獣と呼ばれる体内に魔力を宿した獣だ。その心臓を食せばその獣が持っていた魔力を我が物にできるといわれ、それなりの値段で取引されている。
「ありゃーなんの魔獣だ?」
「……少しくらい資料を読んでこい。あれはシュタールだ。魔力の種類は土。怪力を持っているらしいから、気をつけろ」
「ほーう、それにしても多くね? 流石にラズと一緒っつってもこえーわ」
グラエムは前を見据えながらダガーを鞘から抜いた。向かってくる獣たちは砂煙をまき散らしながら、獲物を食い殺さんとばかりに駆けてくる。まるで大津波のようなその光景に、グラエムの脚は僅かすくむ。
「こりゃ、アイツ等がこっち来る前に仕留めねぇとな!」
グラエムは冷や汗を流しながら、ダガーを強く握り締めた。そして、グ、と腕を引き勢いよく突き出す。
その瞬間、グラエムのダガーの周りに竜巻が巻き起こった。それはグラエムから離れて、砂を巻き込みながら獣たちに向かってゆく。鋭い風の刃は、やがて獣たちも巻き込んで、その肉をズタズタに引き裂いていった。血肉を撒き散らし、獣たちは死に絶えてゆく。
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