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「……あれ、心臓も壊してないか?」 「あら? そうかもしんねぇな」    ラズワードにじろりと睨まれ、グラエムは照れ笑いをした。ラズワードはため息をついて、怒り狂う獣たちを見据える。 「グラエム、もう少し調整しろ。心臓は残してもらわないと意味がない」 「いやー、そんな細かいこと俺ができるわけないじゃん。魔術なんて勢いでぶっぱなすもんだろ?」 「……じゃあ、せめて狙いを定めて打て」 「へーい」  グラエムはケラケラと笑いながらもう一度ダガーを構えた。仲間を殺されて理性を失った獣たちは、二人を咬み殺さんとばかりに駆けてくる。ものすごい勢いで距離を詰めてくる獣たちをめがけ、グラエムは今度はダガーで横一文字をきった。そうすれば、先ほどの竜巻には威力が劣るものの、広範囲のかまいたちが獣たちをとらえる。狙いを定めろと言われた通りに、今度はその風は獣たちの頭だけを潰した。 「おし、見たか、ラズ!」 「うん、完璧だ」 「だろー! もっと褒めてくれよ! ……あー、でもさ、オレ」 「何?」 「……ちょっと、疲れたかも」  グラエムはラズワードに褒められて嬉しそうな笑顔を浮かべているが、そこには疲労の色があった。息も少しだけ上がっている。    グラエムが、魔力切れを引き起こしたのだ。大量の獣を一気に狩り取る魔術を連続でつかったグラエムの体内の魔力が限界に達してしまった。ラズワードはそれを悟り、グラエムの前に立つ。 「あとは俺がやるから、グラエムはさがって休んでいろ」 「え、んなこと言っても……あの量だ、お前一人で全部やるのは無理だ。心臓だけ回収してトンズラしようぜ? それに魔術の相性も……」 「大丈夫、本当に危なくなったら逃げよう」  グラエムを安心させるようにラズワードは微笑んで、獣たちを見据える。グラエムが数を減らしてくれたものの、獣はまだ半数以上残っている。ラズワードはそんな獣に物怖じすることもなく、ダガーを抜き、グリップを手に馴染ませるように手のひらの上でくるくると弄ぶ。 「ラズ……やっぱやめとけよ……」  獣の群れに比べると、その背中のなんて頼り無さ。細い背中は獣にのしかかられでもしたら一瞬で粉々になってしまいそうだ。グラエムはハラハラしながらラズワードを見つめていた。    しかし、当のラズワードは一切不安などないらしい。その手には魔獣を惹きつける笛がある。 「半分じゃあ3日分の食費も危ないところだろ。そんなあってないような報酬のために俺はここに来たわけじゃない」    不敵に笑ったラズワードに、グラエムは呆れの笑みを返すことしかできなかった。  ラズワードはグラエムから離れると、笛を吹いた。その音を聞いた獣たちの注目はラズワードに集中する。一斉にラズワードに襲いかかる獣たちを、グラエムは遠くから恐る恐る見ていた。    一匹の獣がラズワードに飛びかかる。ラズワードはそれを既で躱すと同時に、ダガーで獣の横腹を切りつけた。ダガーの切っ先僅か5ミリ程に血がつく。与えたダメージは極僅かだろう。獣はカスリ傷に等しいその切り傷を気にする様子もない。今度こそラズワードを食い殺そうと、もう一度襲いかかってくる。    しかし、ラズワードは今度はそれを避けようとしなかった。迫る獣に背を向け、違う獣に狙いを定める。獣の牙は今にもラズワードの首を食いちぎろうとしていた。しかし、それはかなわなかった。獣はカッと目を見開き、体を痙攣させ、そして次の瞬間。まるで爆発したように獣の体が粉々に弾け飛んだ。   獣たちはぎょっとして動きを止める。ラズワードは何食わぬ顔でその背に大量の血と臓物を浴びた。 「おー、相変わらずすげぇコントロール」    遠目からグラエムが確認したのは、ぼた、と落ちた獣の心臓。獣は肉片一つ残さず壊れたが、心臓だけは丸丸と残していたのだ。グラエムはラズワードの魔術の正確さに感心しながらも、まだ心配でしょうがない。一匹の獣が血を撒き散らしたことで、他の獣たちの興奮を煽ったのだ。獣たちが一斉に襲いかかってきた。 「おい、ラズ……!」    グラエムは手助けをしようとしてみたものの、自分の体内に魔力が残っていないことを思いだし断念する。かえって足でまといになりかねない。    ラズワードやグラエムの使っている武器は『プロフェット』と呼ばれる特殊な武器だ。それは武器自体に魔力がこもっているのではなく、使用者の魔力をその武器に流すことで効果を発揮する。つまり、使用者の魔力がきれてしまえばそれはただのダガーに等しい。    グラエムは前方のラズワードを眺める。自分の使う魔術とは明らかに違う種類の魔術。グラエムが使ったのは『風魔術』。それはグラエムの体内にある魔術が風の性質をもっているからであって、他の魔術は使えないからだ。ラズワードもグラエムと同じで使える魔術は限られている。しかし、グラエムが遠方から攻撃できたのとは違ってそれは直接ダガーで切りつけて発動する魔術であった。こうして大量の獣を相手にするには危険すぎる魔術である。    しかしグラエムの不安もあまり意味をなしていないように思われた。ラズワードは獣に食いつかれることもなく、次々と獣を切りつけてゆく。その度舞い散る臓物が辺り一帯に散らばっていた。ラズワードの羽織っているマントは真っ赤に染まり、その美しい面貌も穢らわしい獣の血に濡れてゆく。 (人は見かけによらないよなぁ……あ、オレたち人じゃねぇけど)  まるでフィルムでも見ているかのようなその光景に、ぼんやりとグラエムは思った。普通にしていれば、麗しき美青年。天使って言葉がピッタリ似合う、痩身で綺麗な彼。しかし、ひとたび武器を握れば。敵の血潮を全身に浴び、次々と命を刈り取っていくその姿は、まさに血に飢えた獣のようだ。あまりにもアンバランスなその光景が、本当に非現実的だと、グラエムは思った。 「毎度毎度、心臓に悪ィな、ったくよ……」    ラズワードが体内に宿す魔力は水の性質をもっていた。水の魔力は主に治癒の魔術を扱えるのだという。魔獣に食いちぎられてできた傷がすぐに治ったのも、その魔術によるものだ。グラエムにはその治癒魔術がどうしたら肉体を破壊することに繋がるのかはわからなかったが、ラズワードの魔術が非常に優秀であることには違いない。バガボンドのなかでもラズワードは圧倒的に戦闘力の高い青年であった。    ただ、こうした捨て身の狩りをいつも見せられるグラエムはいつもヒヤヒヤしっぱなしであった。いくら治癒魔術があろうが、人体の肉が食いちぎられる様はいくら見ても慣れることはできない。  肉体の破壊と再生、獲物の血肉の舞い。血なまぐさい戦闘は続けられる。辺りは真っ赤に染まって血の海だ。 「おつかれー」    全ての獣を狩り終わったのを確認すると、グラエムはラズワードに近づいていった。血でずっしりと重くなったマントを脱いで濡れたゴーグルを外し、ラズワードはグラエムをチラリとみる。 「……ちょっと疲れた」 「だろうよ。いくら治癒できるって言ったって、痛いことには変わりねぇんだからな」    グラエムはラズワードの頭をクシャりと撫でると、鞄から注射器をとりだししゃがみこむ。新鮮さを保つその薬剤を獣の心臓に投与すると、それを袋に詰め込んでいく。 「あー、こりゃ報酬は7対3くらいか? おまえがほとんどやったんだもんな」 「……いや、グラエムのおかげで大分楽できたんだ。普通に半分ずつでいいよ」    グラエムと同じ作業を始めたラズワードの顔には、疲労が浮かんでいる。肉体を治療できても、食いちぎられる強烈な痛みを感じ続けたその精神はなかなかダメージを受けているらしい。   「……なあー、今日はちゃんと休めよー?」 「……ああ、うん」 「っつーか、夜に用事あるっていつも言っているけど、それ、なに? こんな過酷ぅーな狩りやったあとにも絶対あるわけ?」 「……うん、まあ……」  グラエムから目を逸らすように俯いたラズワードの顔に、ぱさりと前髪がかかる。血で汚れた今でこそその髪は赤く固まっているが、普段は綺麗な茶髪である。 「……そっかぁ……無理すんなよー」  優しくトーンを落としたその声に、ラズワードは顔を上げた。ぼんやりとした顔で見つめられて、思わずグラエムはその顔をまじまじと観察してしまう。  ……にしても、すげぇ目の色。  白い肌よりも、恐ろしく整った形のパーツよりも、先に目がいくのは彼の瞳であった。  水の魔力をもつ天使というのは、皆瞳の色は青であるらしい。その色は魔力の強さによって微妙に変化するらしいのだが、ラズワードのような色は、他にはいないだろう。ミッドナイトブルーとでも言うのだろうか――いや、そんな風に名前で表せるほど単純な色ではなく。  色が濃すぎて、その青はほとんど黒に近い。深い深い海の底。それとも届きそうで届かない、遠い遠い空。 「……グラエム」 「あ?」  ジロジロ見すぎたか、とギクリとグラエムは肩を揺らす。また怒るかなー、と少し覚悟したが、ラズワードの口から発せられた言葉は真逆のものであった。   「……ありがとう」  淡く微笑んで、ラズワードは言った。その表情に、なぜかグラエムはフリーズしてしまう。 「……お、おう……」  再び作業を始めたラズワードは、またいつもの無表情に戻っていた。もういっかい見れないかな、なんて期待してジロジロと見ていれば、怪訝な顔つきでこちらを見てきたので、グラエムは苦笑いして作業に戻る。  笑えばもっと絡みやすいんだけどなァ……。  そんなことをグラエムは思って、心臓を集め続けた。  

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