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*** 「おい、ラズ!」  パシ、と後ろから頭を叩かれてラズワードはびっくりして振り向いた。見れば少し怒った様子のグラエムが立っている。 「おまえ、今日ちょっとぼーっとしすぎじゃねぇ? なんかあったわけ? っていうかちゃんとメシ食っています? 顔色悪くね?」 「……食事は、そんなにとってないけど……別に、なにかあったってわけじゃ……」 「嘘つけ! 明らかにさっきの狩りのとき死ににいってただろ!」  グラエムが怒るのも無理はない。今朝挨拶してみれば気のない返事しか返ってこない。話すときも視線は合わせているように見えるが、どう見てもその目にグラエムを映していない。そして極めつけには、今日の狩りのときに魔獣の攻撃を躱そうとも防ごうともしなかったのだ。そのときはグラエムが守ったため助かったが。 「まあ……昨日はあんまり寝れなかったから……。ごめん、迷惑かけて」 「……ふーん」    こりゃ絶対に言う気はないな、とそう思ったグラエムはそれ以上追求するのを止めた。隣に座って、自分の分のパンを差し出す。 「ほら、食ってねぇんだろ。どうせオマエのことだし食費まで切り詰めてんだろーが。狩人がそんなことしてたらぶっ倒れるぞ」 「……ありがとう」  ぼんやりと虚ろげな目をして、ラズワードはパンを食べている。時々そんな表情をするラズワードは、なんとも危なげで、目が離せない。 「……グラエム」 「なんだよ」 「なんで、兄さんは俺のこと嫌いなのに俺のためにあんなに危ない仕事をしているんだと思う?」  それなりにラズワードと交流をもつバガボンドの面々は、ある程度ラズワードの家庭の事情は知っていた。ラズワードが免除金を払うことによって奴隷に堕ちないでいられていること。兄がハンターという職につき、日々無茶をやっていること。流石に、レイが夜な夜なラズワードの体を求めてくることなどは知らないが。 「オマエのこと愛しているからだろ」 「……愛?」 「家族だろ? 何があろうと弟を愛するのは当然のことだろ。オレも弟いるからわかるぜ。すんげーいたずらするわ金ないっつってんのに我が儘言ってくるわ、正直腹立つけどなんかすっげー可愛いんだ」  抱きしめられたのも、キスをされたのも昨日が初めてだった。いつもただ乱暴に抱かれるだけだった。だから、こんなにもラズワードは戸惑っているのだ。  あの時、腕を彼の背に回すべきだったのか。目を閉じるべきだったのか。  それがもし、レイの示す愛だというのなら。それに応える「べき」ではなかったのか、と。 「……」 「おい、ラズ?」  そもそも、なぜレイの欲望を受け入れようとしているのか。アレは、嫌で嫌で堪らないのに。そうだ、彼への償い。感謝の気持ち。それを示しているんだ。  彼のおかげで自由を手に入れている。だから、彼には逆らっては「いけない」。もしも彼に見放されたら……  いや、なにを考えているのだろう。これじゃあ、まるで。 「――おい、ラズワード! いるか!?」 「……!」     ドタバタと大きな足音を立てながら現れたのは、ラズワードの上司、レックス。青ざめた表情をして、レックスはラズワードに駆け寄る。 「ラズワード……今すぐここから逃げるんだ!」 「……は?」 「なるべく遠くへ! 奴隷商の目の届かないところに!」  ラズワードの肩を掴んで、レックスは叫ぶ。状況が飲み込めず唖然としているラズワードの代わりに、グラエムが問う。 「ちょっとレックスさん、いきなりどうしたんっすか? 逃げるって……奴隷商ってどういうことです?」 「……」    レックスは横から入ったグラエムの問いに黙り込んでしまった。見上げるラズワードの視線から目を逸らそうとしたが、レックスは唾を飲んで告げる。 「……ラズワード、落ち着いて聞け」 「……はい」 「……レイさんが……君のお兄さんが亡くなった」 「え……」  告げられた兄の死。あまりに突然のそれは、現実味がなさすぎた。ラズワードは表情も変えずにポカンとしている。 「今日の悪魔狩りの途中で、亡くなったんだ。話によれば、本来載らないはずのレベル5が上のミスでリストに載っていたらしくてな、もちろん高額の賞金だったからレイはそれを狩りにいったんだが……」 「……逃げるって……」 「今日の狩りの分でギリギリ今月分の免除金が払えたんだろう? レイが今回の狩りに失敗したってことは、免除金が払えないってことだ。……奴隷商がくるのは何時だ? あいつらが来る前に、ラズワード、早く逃げるんだ」

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