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 その瞳を持つ彼から発せられるには、あまりにも違和感がある言葉。しかし、ハルの頭に浮かんだ言葉は一つ。その違和感に対する罵倒でも批判でも嫌悪でもなく。 「……わかった」  ラズワードに引きずられるように、承諾の言葉を発することしかできなかった。 「……それでは、契約は成立ということで、よろしいですか?」  ノワールがすい、とラズワードの脇に立った。ハルはノワールを完全に意識の外に追いやっていたため、びくりと反応してしまう。 「……はい、彼を……買い、ます」 「ありがとうございます」  恭しくノワールは頭を下げる。ハルは彼のその仕草にすらもイラッとしてしまった。 (こいつ本当にラズワードのこと商品としか思っていないんだな)  きっと、こんな奴に調教なんてされたから、ラズワードはおかしな考えを持つようになってしまったんだ。自ら奴隷にして欲しいなどと言うくらいに。自分の存在価値がわからなくなってしまうくらいに。  次々と浮かぶ憤怒に近い感情。不快だ。余計な感情を抱くことは不快なはずなのに、とまらない。 「じゃあ、俺、こいつ買うんで。もういいでしょう。会計は外ですか?」  これ以上ここにいたら、どうにかなってしまう。溢れる感情をどう処理したらよいのかわからない。焦りに近いものを感じたハルは、ラズワードの手を掴み、早足で牢を出ようとした。   「ああ、待ってください。送っていきますよ」 「……結構です」 「そうですか? では入口のところの販売員に会計をしていってくださいね」 「……はい、今日はありがとうございました」  何かイヤミでも吐き捨てていこうかと思ったが、流石にそれは理性で押さえつけた。ひきつる口元をどうにか笑顔に変えて、ノワールを顧みる。 「……!」  とその時、ハルは視界にはいったラズワードを見て、息を飲んだ。  ラズワードが、何か言いたげにノワールのことを見ていたのだ。じっとみつめるわけでもなく、チラリと遠慮しがちに。その目に映る感情を、ハルは読み取ることができなかった。  憎悪?いや違う。解放される喜び?いや違う。  わからない。  しかし、なぜかそんな彼を見ていると、チリ、と何かが焦げ付くような錯覚を覚える。 「ラズワード」 「……っ」  ノワールが、彼の名を呼ぶ。そうすると、ラズワードがピクリと反応したのが、掴んだ手から伝わってくる。  ラズワードは今度はしっかりとノワールを見た。その唇は震え、瞳は揺れている。ノワールの言葉を待っている。 「……ハル様に、精一杯尽くすんだよ」 「……はい……」  ノワールの言葉に応えた声は、かすれていた。きゅ、と眉をひそめ、唇を噛んでいる。  どういうことだ。これじゃあまるで…… 「ハル様」 「え」  呆気にとられていると、急にぐい、と体を引っ張られ、ハルはバランスを崩しそうになる。 「いきましょう」 「え、ちょっと……!」  ハッと我に返れば、ラズワードがハルの手を引いているのだった。ラズワードはそのまま牢をでていこうとする。今一瞬見せた……悲しげな様子は嘘のように、その背に迷いはない。 「……ラズワード」 「はい、なんでしょう」 「おまえは、アイツをどう思っているんだ?」 「……あいつとは?」 「ノワールだよ、あの奴隷商」 「……なぜ?」 「……なぜって……」  ハルとしては、周りの奴隷たちを意識から払拭するために適当な話題を選んだわけであって、なぜと聞かれてしまっても困ってしまう。あえて言うならば、真っ先に頭に浮かんだのが、ノワールのことだったから、というだけだ。彼は先程まで凄まじい不快感でハルの心を満たしていたのだから、仕方のないことでもある。 「だってラズワード、おまえはなんかアイツのことそんなに恨んでいるって感じでもなかったから……いや、それもアイツの調教のうちなのかもしれないけど」 「……そうみえましたか」 「ああ、よくわからないよ。あの外道のことなんて俺はどうしても受け入れる気にはならない。人を人と思わないで自分達の利益のためだけにえげつないことをやって……なんであんなヤツがこの世の頂点なんかに立っているんだ。そのせいで、何人の人が苦しんでいると思っている」 「……」

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