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愚者は見て見ないフリ

 なんだかその光景は、美しい絵画のようだった。  昨夜、ハルはラズワードとはろくに話すこともできず、やることは明日教えるからと言って彼を部屋に放り込んだ。奴隷としては異例であるが、ラズワードに私室を与えたのである。レッドフォードには他にも大量の奴隷が飼われているが、このような扱いをされている者は少ない。それでもラズワードはハル専用の奴隷ということで、レッドフォードの者たちは納得しているようである。  朝をむかえ、ある程度落ち着きを取り戻してハルがラズワードのもとへいけばこれだ。部屋の中の光景に、ハルはぽかんと立ちすくしてしまったのである。  いたって普通の光景だ。  ラズワードがベッドに腰掛け、窓ガラス越しの空を眺めている。それだけの光景である。  太陽の光に茶色の細い髪がキラキラと輝く。ほんの少し開けられた窓から吹く風が、カーテンを揺らす。クローゼットの中の服から選んで着たのであろう、青いシャツが異様に似合っている。その背中は細く華奢で、頼りない。  美しい青空が、彼の瞳を思わせる。眩しい。……綺麗だ。    それだけの、光景である。 「……ハル様……! おはようございます」  ラズワードが振り向いた。ぼーっと間抜けな顔をしていたハルは、ハ、と覚醒する。 「ああ、おはよう」  ラズワードは起きてから結構時間が経っているのか、しゃんと涼しげな顔をしていた。もう昨日出会ってから時間が経っているのだから、彼を見たくらいで動揺したりしないだろうとハルは思っていたが、その思惑は外れだったらしい。理由は単純だ。昨日よりも、その容姿の美しさが際立っているからである。  昨日来ていた安っぽく汚い奴隷服ではなく、今は澄んだブルーのシャツを着ている。ちゃんとシャワーを浴びて、髪も整えたからか、清潔感が漂っている。明るい部屋にいるからか、白い肌が映える。そしてなにより、あの施設から離れたからだろうか、雰囲気が違う。凛とした高潔な空気をもっている。 「……今日から早速ハンターの代理やってもらうけど……大丈夫?」 「はい」  いつまでもそんな動揺に飲まれていてはいけないと、ハルは言葉を発した。そんなハルにラズワードはやはり、静かながらもしっかりとした通る声で受け答えをする。  その声に、思う。やはりほかの奴隷と違う。    レッドフォードの屋敷には、ほかの貴族の家に比べて多くの奴隷が買われていた。主にこの屋敷で働く者たちの性欲処理用である。ハルも正直なところ使ったことがあるが、酷いものであった。  ハルも怠惰な性格はしているが一応男であり性欲だってある。奴隷を虐げること、というより奴隷の存在自体に嫌悪を覚えるが、楽に性欲を処理できる道具が身近にあるのだと思うと興味が湧いてしまうのも仕方がない。そもそもレッドフォードという家系が、水の魔族というものを非常に忌み嫌っていて、奴隷を酷使することはむしろ推奨していた。だから、というわけでもないが、ハルも何度か使っていたのだった。  ただ、そんな奴隷を使うたびに思う。  「気味が悪い」と。  もはや彼らは人ではない。その体も頭も快楽に支配されてしまっているのだ。男も女も関係なく、人としての威厳を捨て自ら快楽を貪り喰う。奴隷なんて身分に堕とされていることに違和感も覚えず、ただ性欲処理人形として使われることに悦びを感じている。  ハルが使った奴隷も同じだ。ドロリとした目でハルを見つめ、これから行われる行為に期待していた。  同じ人間なのに。同じ形をした生き物なのに。まるで自分と違う。それが、気持ち悪かった。  しかし、この奴隷。ラズワードは彼らとはまるで異質の存在だった。  涼やかな瞳。姿勢よく伸ばされた背筋。  とてもじゃないが性欲処理の道具なんて思えない。淫らな姿など想像もできない。踏み込んではいけない聖域のように、清らかだから。  彼を選んでよかった、と思った。  性奴隷というからには、たまにはそういうことをしなければいけないと思っていたからだ。奴隷にそうした気をかける必要はないとは思うのだが、高い金をだして買った以上それのもつ機能を有効的に使いたいと思うだろう。それに、性奴隷たちのもつ淫靡な瞳に見つめられたりしたら、いくら気味が悪いと思っていても本能が疼いてしまう。そうした使いたくないのに使わざるを得ないといった心のなかの矛盾は、確実にハルにとって不快なものだ。  彼にはそうした脅迫を感じない。むしろ手をだしてはいけない、そんな気さえしてしまう。  彼をみるとわけのわからない感情が湧いてくるのは不快で仕方がないが、その点に関してはハルは満足していた。    「……まあ、じゃあ早速いこうか。獲物は毎回俺があらかじめ選んでおくから、ラズワードはそれを狩ってもらえばいい」 「わかりました」 「今日だけ俺がついていくよ。一応そんなに強くないもの選んでおいたけれど、やっぱり不安だし」 「ありがとうございます」  ラズワードには、きっと堅気な仕事が似合う。情夫の真似事などさせるべきではない。  ハルはそう納得して、ラズワードを部屋から連れ出した。

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