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日も落ちて、一日は終わろうとしていた。自室にてラズワードに一通りやることを教えたハルは、ぐ、と伸びをする。
「あー、お疲れ、ラズワード。今日はもう終わり。自分の部屋戻っていいよ」
これでモヤモヤから解放される、とハルは胸をなでおろす。明日からまたこの不快感に苛まれることを考えると憂鬱だが、ひとまず今日はもう大丈夫だ。
ほっと一息、ハルがラズワードを見てみれば、彼は動こうとしない。
「ん? まだわからないことあるの?」
「……いや」
「そっか、うん、いい出ていって」
「……」
なにやら考え込んだように、ラズワードは黙り込む。どう声をかければよいのかもわからず、ハルは気まずさを感じてマグカップに残っているコーヒーに口を付ける。
「……あの」
「うん」
「夜伽 はしなくてよいのですか?」
「ぶっ」
ハルは思わずコーヒーを吹き出しそうになった。ゲホゲホとむせながらラズワードのことを見てみれば、彼は涼しい表情そのまま。顔色も変えず、とんでもないことを言ってのけたわけだ。
「よ……夜伽……!?」
「ええ、レッドフォード家の奴隷は夜伽をしなければいけないと聞いています。ハル様専用の奴隷の俺は、あなたに奉仕をしなければいけないでしょう?」
「ほ、奉仕とか、な、何を言っているんだよ!」
真顔で性行為を迫られているハルの心境と言えば、それはもうとんでもないことになっている。
まずその口からそのような言葉がでてくるとは夢にも思っていなかったのだ。ラズワードが奴隷で、施設で何らかの調教を受けていることは重々承知だが、似合わなすぎる。水のような透明感、氷のように涼やかな瞳。ついさっきまでのイメージとはあまりにもギャップのありすぎる言葉に、ハルはひたすらに驚いていた。今も、その表情や雰囲気は崩すことなく、凛とした佇まいは変わっていない。
(聞き間違い……聞き間違いだろ……こいつがそんなこと言うわけ……ほら、夜伽って、ただ俺が寝るまでそばで見守っていてくれるとかそういう……)
「奉仕の内容ですか? すみません、具体的に言うべきですよね。なんでもしますよ、普通のセックスからお望みであればSMプレイとか羞恥プレ――」
「うわー!!」
はあはあと息を荒げながらハルは立ち上がる。取り乱すハルをただラズワードは不思議そうに見上げていた。
「もしかしてハル様はそういうことは今までしたことがないのですか? それなら大丈夫です、俺が動きます」
「あるっ!! 経験ならある!! そういうことじゃない!!」
「どういうことですか?」
「おまえなんでそんな涼しい顔してそんなこと言えるんだよ! ほかの奴隷はもっと最初からエロいオーラで誘ってきたぞ! ギャップありすぎて怖いんだよ!」
「そういう誘い方がよろしかったのならそうします」
「だから違う――!!」
自らのシャツのボタンを外そうとしたラズワードの手をつかみ、ハルは叫ぶ。
本気でわけがわからないといった顔をしているラズワードに、ハルは参ってしまった。
たぶんここでそんなことをしたら、なんかヤバイ。グルグルと頭のなかで巡る予感。ここまでせっかく平和に過ごせたのにそれがすべて台無しになってしまうのではないかという恐怖。それが全力でハルを動かす。
「とにかく! 夜伽は結構です! さあ帰れ! 自分の部屋に帰りなさい!!」
ビシ、とドアを指差し、ハルは高らかに言った。
と、その時。丁度良いタイミングでドアが開く。
「おいおいハル、なに騒いでんだよ……外まで聞こえているぞ……」
「……う、兄さん!」
現れたのは、兄、エリス。機嫌悪そうに顔をしかめながら部屋に入ってくる。
「なんだよ、珍しいな……そんな大声あげて……でももうちょっと静かにしてもらえる? 俺ちょっと今日イライラしてんだよ」
「う、ごめん……なにかあったの?」
「ああ、あったよ! あのレヴィとかいう野郎……マクファーレンの家紋に泥塗りやがって……」
ガシガシと頭をかきながら乱暴にドアを閉め、エリスはハルに歩み寄る。レヴィへ見せた客人用の態度とはまるで違う、この粗暴な態度が彼の素であった。ハルはエリスのこのような態度には慣れているため、いちいち怖がったりはしない。
「だめだ、マジで腹立つ……ハル、ちょっと聞いてくれよー」
「いや、今日俺疲れているからさ……寝たいんだけど」
「ああ? いいだろちょっとくらい……ん?」
チ、と舌打ちをしながらエリスはお構いなしに部屋を物色しようとする。しかし、あるものが目に入った瞬間、その動きを止める。
「……それ、確かおまえの買った奴隷だよな」
「……え、ああ、ラズワード? ……そうだけど」
「……ふーん」
ニヤ、とエリスが笑った。
「……見た目は……まあ合格だな。なかなかの上物じゃねぇか。あとは……」
エリスはずい、とラズワードへ近寄る。そして、シャツの裾に手を突っ込んだ。
「コッチだよな? 大切なのは」
「え、ちょっと兄さん……何を……」
ハルはエリスの予期せぬ行動に思わず立ち上がった。
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