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「……あっ!?」  ハルはラズワードを突き上げるように腰を動かした。その瞬間、ラズワードの身体はびくりと跳ね上がる。 「……んっ……あ、!」  起立したモノで、ぐいぐいと押し付けるように突き上げてやると、ラズワードは背を仰け反らせ、ビクビクと反応を示した。構わず何度もやってやると、彼はがくりとハルにしなだれかかり、壊れた人形のように揺さぶられるままに揺れていた。背に回された腕だけは縋り付くように力が込められている。 「あっ、あっ……」  擦れる服の音。絡みつくシーツのざわめき。軋むベッド。 「あ、あ、あ、」    熱い吐息。甘い声。苦しそうな呼吸音。 「はっ……は、あ……!」 「あっ!あ、んんっ!」  ぎゅ、としがみつく腕に力が込められる。ハルは腕が使えないため、代わりにラズワードの首に噛み付いた。揺さぶるたびに不安定にラズワードが揺れて離れていくのではないかと不安になったが、お互いがそのつもりはないのか、そんなことにはならなかった。  ただ、その単調な行為に没頭していた。腰を突き上げ、身体を上下に揺するだけの行動に。  それでも強烈な快楽が脳に叩きつけられるようであった。ただ触れた部分の直接的な刺激だけではなく、五感全てを通じて感じるラズワードの存在も。彼の熱、声、匂い、味、美しさ。その全てが刺激となって、ハルに快楽をもたらしていたのだった。  激しく、強く。甘美に、淡く。美しく、儚く。愛しく、愛しく。  噛み付き、揺さぶり、突き上げ。はしたなく荒く息を吐きながら。ラズワードの全てが欲しいと、欲望の赴くままに、貪った。 「あっ――」  ラズワードの身体が一瞬弓なりに反った。しかしすぐに彼はハルに再び抱きついてくる。  ラズワードは熱を逃がすように深く息を吐いていた。小刻みにその身体は痙攣し、その度に小さく声が漏れている。 (これで……イったのか)  服越しに身体揺するだけで絶頂に達したラズワードの敏感さにハルは些か驚いたが、今はそれどころではなかった。耳元で聞こえる喘ぎ混じりの吐息。未だ熱を持ち続ける自分自身。  まだ……まだだ。まだ、足りない。  ハルは強めにラズワードの首筋に噛み付いた。う、と小さくラズワードが鳴いたが気にしない。  今の行為で手首を拘束していたリボンは緩んでいた。ハルはそれを解き、自らの腕を解放する。  自由になった腕が行き着く先はもちろん。 「……あ」  ハルはラズワードを押し倒し、その細い手首を掴んで抑え付けた。自分の影で彼の快楽に支配された淫靡な表情がよく見えないが、それでもその光景は絶景とよべるに等しかった。  くたりと力なく横たわる首。はだけた胸元にできる陰影。激しい呼吸に上下する白い身体。しっとりと汗ばんだ肌。  全部、喰らってやりたい。その色香はハルの本能を煽るには十分すぎた。欲望の滴る目で見下ろされたためか。ラズワードは黙り込み、ハルの様子を静かに伺っていた。これからどんな激しいことをされるのだろう。そんな期待を隠すように、目を伏せる。  その表情がひどく扇情的で。ハルは煽られるままに、顔を近づけた。  近づくほどに色香は増して、鼓動が早くなっていく。息のかかるほどに近づくと、彼の身体の内側から漏れる甘い香りが漂ってくるようだった。  その甘い吐息を飲み込んでしまいたい。  唇から、それを奪ってしまおうと。ハルがそう思ったときである。 「……」  ラズワードが静かに目を開けた。それと同時にもの欲しげに唇を微かに開く。  ハルの欲情した顔を見ただけでイってしまうのではないか。そんなことを思わせるほどに、ラズワードの表情は切羽詰っているようであった。  早く――……  そんな言葉を、その瞳で訴えているようであった。  来て、ハル様――……  小さく、かすれ声で。その唇から言葉が漏れた。  欲しい。  その言葉だけが、ハルの頭を埋め尽くした。もう、抑えるものなどなにもなかった。  その唇に噛み付いてやりたい……そう、思った。  しかし。目が合った瞬間。  青く、深い、美しい瞳が視界いっぱいに広がった瞬間。 『闇が光に変わる瞬間の――夜明けの空』  美しく、(きらめ)く漣。眩い、光。  その瞳が、その光景を思わせて。 「――っ」  ハルははじかれたように体を起こした。  ドクドクと激しくなる心臓。グラつく視界。激しく襲ってくる後悔。  急に起き上がったハルをラズワードは驚いたような目で見つめてくる。   「……ハル様?」  訝しげに名を呼ぶラズワード。ハルが一体何を考えているのかなど、彼には絶対にわからないだろう。 「ラズワード……」  ハルは震える手で、ラズワードの頬に触れた。ラズワードはその様子を、不思議そうに見ている。 「おまえはさ……」 「……はい」 「……綺麗、だよな。……本当に」 「……は?」  そう、ハルがラズワードの瞳を見て思ったのは。  「闇が光に変わる瞬間の、夜明けの空」。ある人がラズワードの瞳を例えた言葉。その人が、ラズワードに願ったこと。おまえが闇を裂く光であれと、そう願ったのだと。  青く美しい瞳に、ハルはそれを悟ったのだった。そして、今自分は、その人にとっての光を自らの欲望で穢そうとしていたのだと。そう思ってしまったのだ。 「俺……ごめん、……おまえのこと……穢そうとしていた……」 「……?」  ハルは嘆くように声を出し、項垂れる。そして、ぽかんと見つめてくるラズワードの身体をかき抱いた。その拍子にラズワードから息を飲むような音が聞こえたが、ハルは構わず顔を彼の首元に埋める。 「ごめん……」 「……」  ぎゅう、ときつく抱きしめると、ラズワードはピクリと身じろぎをした。しかし、その戸惑いは一瞬だったのか、そっとハルの頭を抱えるように抱いた。 「……それ」 「はい」 「それも、奴隷としての行為か? 俺が求めているだろうって、そう思ってやっているのか?」 「……それ以外になにがあるんですか」 「……そう、だよな」  先ほどまでの甘く熱い声とは真逆の冷たい声に、ハルはため息をついた。彼にとってセックスは本当にただの性欲を処理するための行為なのだろう。それが終わってしまえばこのとおり、熱など一切感じない。 「……ハル様」 「……ん」 「……ハル様はやっぱり、俺に不満があるでしょう? 言ってください、直しますから」 「……」  本気でハルの考えていることがわからないのだろう。ラズワードはその声に猜疑の色を含ませる。  なんでわからないんだよ。  ハルは自分の気持ちが蔑ろにされた気分になって、苛立ち混じりに起き上がった。ラズワードを腕と腕のあいだに閉じ込めるような形で見下ろすと、彼は真面目にハルの話を聞こうと思ったのか、真っ直ぐにその瞳で見つめてきた。 (やっぱり、綺麗だな)  間近でみる深い青にハルは改めて感嘆する。 「……俺はさ、おまえに穢れて欲しくないんだ」 「……はい」 「だから、その……あんまり……自分の身体を適当に扱って欲しくないっていうか……」 「セックスするなってことですか?」 「う……いや、すること自体を否定しているんじゃなくて……するなら、もっと……愛のある……いや、何言ってるんだ俺……」  上手く考えていることを言葉にできない。たぶんラズワードははっきりいってやらなければ理解してくれない。  どうすればいい。必死に頭を働かせ、ハルは何度も何度も言葉を反芻させる。それでもぴったりくる表現がでてこないハルをラズワードは苛むような目つきで見上げていた。   「……質問、していいですか」 「……あ、ああ」 「ハル様は俺に自分の身体を適当に扱うなと言いました。それを愛する者だけと……つまり不特定多数の人と情事を行わず恋人だけとしろ、そういう意味と捉えることにしましょう。……そうすると、そこに疑問が生じるわけですが」 「……」 「……ハル様が自分で言ったことを破るような人とは思えません。……なぜ、貴方は先ほど俺を抱こうとしたのですか……?」  ハルのことを疑るというわけでもなく、純粋に質問を投げかけるような目。その目を前にして、ハルはごまかしはきかないと、そう感じた。 「……だから……悪かった。さっきは……どうしても、身体が抑え効かなかったから……。……で、でも」 「でも?」 「でも……俺は……」  ツ、と汗が頬を伝った。バクバクと激しく心臓が高鳴る。    抱きたいと思った理由? そもそもどうしてそんなことを思ったか?  決まっている。    ハルは、ハ、と息を吸って、ラズワードを見つめた。月に照らされて揺らぐ水面(みなも)のような瞳が、見上げてくる。 「俺は……おまえ、を……好きだから、だよ。……だから抱きたいって……思ったんだ」  

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