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「いらっしゃい」
カランカランとベルがなり、扉が開く。そこは受付もなにもなく、いきなりバーが広がっていた。マスターと思われる人は入店してきたラズワードに一声かけたが、それ以降は何も言ってこない。周りにいる客も、ラズワードのことは全く気に止める様子はなく、酒を楽しんでいた。
「……!」
ラズワードはどうしたものかと考えたが、まずはここの店員であるマスターに宿泊について聞いてみるのがいいだろう。……そう、思ったのだが、一つ問題があった。
マスターがいるすぐ傍のカウンター、そこに、一人客がいる。その服装は、白の詰襟。ハンターが、そこにいたのである。
「……」
しかしここでつっ立っていても仕方がない。フードを深くかぶり、ラズワードはカウンターへ近づいていく。
(大丈夫……今の俺は顔さえ隠せばただの地味な男……顔を見られなければ……)
「あの、すみま」
「おい、にーちゃん! この村に住んでいる人か? 一人酒も寂しいからさ、一緒に飲もうぜ!」
「……へ?」
(こ、声をかけられた……!?)
ラズワードがマスターへ宿泊について尋ねるのを阻んだ人物。それは紛れもなく座っていたハンターの男であった。
ラズワードはこれ以上伸びないフードを引っ張って、必死で顔を隠す。冷や汗が額を伝う。
バレたらどうなる。奴隷であることがこの男にバレたら……
「あれ、聞こえている? おーい!」
ラズワードは最悪の展開を頭の中で描いていた。もしもこのハンターに奴隷であることがバレれば、おそらく捕まる。ハンターであるこの男に抵抗でもして怪我をさせれば、ハルの権威に関わるかもしれない。つまり、捕まれば抵抗も許されることもないまま……
(……いや、でも待て……ヒトの世界では青い瞳なんて珍しくはない……ここはヒトのフリをして乗り切れば……)
ラズワードは軽く息を吐く。そして、意を決してフードを取った。変に隠しているほうがかえって怪しいというものだ。
「……あれ、おまえ」
「……え?」
ラズワードがフードをとった瞬間、ハンターの男が息を飲む声が聞こえた。まさか、そこまでヒトとかけ離れた容姿をしているわけでもないのに、天使であると、奴隷であるとバレたのか。ラズワードは自らの激しい心臓の鼓動を聞きながら、視線をハンターの男に向けた。
「……え、……な、」
そこにいた男にラズワードはただただ驚いた。息をするのも忘れてしまうくらいに。それは、おそらく相手も同じだろう。彼も、あんぐりと口を開けてラズワードを凝視している。
「……おまえ、……え、本物? マジで……? ら、ラズ……?」
「……グラエム……」
そこにいたのは、バガボンド時代の友人、グラエム。ラズワードが施設に捕らえられる際に、命懸けで救おうとしてくれた人物である。
――無事、だったんだ
ラズワードは腰が抜けそうになって、カウンターに手を着いた。ラズワードはグラエムが腹に致命傷を受けた後、ノワールが彼を治療したところを見ていないのだ。ノワールに聞いてもそのことははぐらかすので、彼の安否は知らないままでいた。
「……ラズ……ほんとに、ラズ、なんだな……!」
ガタ、とグラエムが立ち上がる。そしてふるふると頬を震わせ今にも泣きそうな顔をして、そろりそろりとラズワードに近づいた。
「――ラズッ!!」
「わっ……」
勢いよくグラエムに抱きつかれてラズワードはよろけてしまった。
「よかった……! おまえ、無事だったんだな……! よかった、ホントによかった……」
「グラエム、……くるし……」
ぎゅう、ときつく抱きしめてくるグラエムに、ラズワードは狼狽えてしまった。どうすればいいんだろう。グラエムが生きていて良かった。その気持ちを表すには、抱きしめ返せばいいんだろうか。
なぜか熱くなってくる目頭。ツンと痛む鼻の奥。涙がでそう、そう思ってラズワードは手をゆっくりグラエムの腰にまわし、彼の肩口に頬を寄せた。
なんだろう、すごく暖かい。
じわりと心の中で何かが溶け出すような。春の雪解けにも似たぬくもりが、妙に心地よく感じた。
「あー、もう、ヤバイわ! どうしよう、オレなんかテンション上がりすぎて!」
「……うん、俺も嬉しい」
「おまえ酒飲めるよな? 隣り座ってさ、一緒に飲もうぜ! おごるからよ!」
頬を紅潮させキラキラとした笑顔でグラエムはラズワードの手を引いた。相変わらずの旧友に、ラズワードは苦笑する。昔の気楽に話すことのできる関係、それが懐かしくて、自然と口元には笑みが溢れていた。
着席すると、グラエムがマスターに向かって叫ぶ。
「おっさん、オススメの奴2つくれ」
マスターはハイハイと言って、背を向けた。グラエムは既に口を付けていたグラスをグイ、と飲み干して笑う。
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