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「なあ、ラズ、こんなところで何していたんだ? 施設から脱走でもしたのか?」 「……悪魔、狩りかな? あと脱走なんかしていない」  にしし、と笑うグラエムを、ラズワードは軽く小突いた。 「俺はちゃんと施設で奴隷として売られて、俺を買い取った先の主人の命でここに来ているんだ」 「……はあー、奴隷として……っつってもよ、俺奴隷見たことあるけど、そいつら皆ボケーっとして……なんか生気のないっつうか、暗い目していたぞ? おまえあんまり変わってなくね?」 「……そう見えるか?」  純粋な目で見つめてくるグラエムに、自分は昔と大分変わって性奴隷さながらの淫乱だぞ、そう教えてやってもよかった。昔なら絶対しないような誘惑とかをやってみせてもよかった。  しかし、なんだかそんな気分にはなれず、ラズワードはグラエムの質問は軽く流す。今の関係が壊れるような気がしたから。それは嫌だ、そう思ったのだ。    ……というかそれ以前にグラエム相手にそんなこと死んでもやりたくない、そう思ったのが本音かもしれないが。 「……それよりグラエムこそなんだよその格好……ハンターになったのか? おまえハンターとか絶対ならないとか言ってただろ」 「えー、聞いちゃう? それ聞いちゃうの? 恥ずかしいからなー、どうしよっかなー」 「クネクネするな気持ち悪い。言いたくないならいいよ、無理には聞かないから」 「待てよ、そこはグイグイきて欲しかった!」 「結局言いたいのかよ……」  どこか顔を赤らめるグラエムをラズワードは怪訝な目で見つめた。そんな風に見られて、グラエムは悪い悪い、と乾いた笑いを見せる。そんな彼は、なぜハンターになったのだろう。昔のグラエムでは考えられなかった転身に、正直なところラズワードは気になって仕方がなかった。  聞いたことがあったのだ。バガボンドにいたころ、彼に。  「あんなところにいられねえ」、そう思ってグラエムは家を飛び出し、金もなかったためバガボンドに流れ着いたのだという。グラエムの家はそれなりに裕福であったため、なりたい職業、つまりハンターであろうとなんの隔たりもなくなることができたのだ。しかし、グラエムの親は、言うならば金の亡者であった。より多くの金を得るために、汚いことにも手を出すし、もちもん高収入であるハンター業も率先してやっていた。ハンター業をしているときは、神族に媚を売り、周りのハンター達を出し抜き、そうして金を稼いでいた。  グラエムはそんな家に嫌気が差したのだという。ハンターという職業も、親の行いを見ていてろくでもない仕事だという偏見を持っていた。  親と大喧嘩し、もう二度と顔を見せるなとまで言われて家を飛び出してきたグラエム。裕福な家系という後ろ盾がなくなったグラエムがハンターになるためには、一度親に頭を下げ援助してもらう必要があるだろう。  どうやって彼はハンターになったのか。そしてなぜハンターになろうだなんて彼が思ったのか。  ラズワードにはその答えがだせなかったのだ。 「うーん、笑うなよ?」 「笑わない。そもそもハンターになる理由でどうやったら笑いをとれるんだよ」 「いや絶対笑うっておまえ……だってさ、オレハンターになったの――おまえのためだもん」 「……え?」  グラエムの口からでた言葉に、一瞬ラズワードは耳を疑った。  俺のため? グラエムは、何を…… 「おまえ……施設に捕まったじゃん。そんで、奴隷にされるって……そう思ったら、オレ、どうしても黙っていられなかった」 「……」 「流石にラズを買い取るほどの金をオレはもっていない。だから、力ずくで、奪い返そうって思ったんだ」  そこに、マスターがグラスをカウンターに静かにおいた。グラエムは会釈だけすると、それを一口飲んで、話を続ける。 「バガボンドが持つことを許されているプロフェットは、とてもじゃねえが使いもんにならねえ。でも、ハンターなら、高ランクのプロフェットを扱うことを許される。だから、オレはハンターになってその武器をてにいれたかったんだ」 「……でも、グラエム……ハンターになるためには……」 「ああ、家に戻った。そんで、あのクソ野郎どもに頭下げたよ。……プライドなんかどうでも良かったんだ。……考えらんねえよな。でも、あの時は必死だった。……ラズを救うんだ、そのためなら、俺のプライドなんか安いもんだってそう思えたんだよ」  グラエムは照れ笑いをして、くい、と酒を飲む。ラズワードは黙ってその様子を見ていた。  ガンガンと耳鳴りがするようだった。  ――どうして、そこまでするんだ  グラエムの頭を下げる様子を想像して、ラズワードは目眩がした。  そこまでする価値が、この俺のどこにある。そんなことをしたところで、なんの利益もグラエムにはないはずなのに―― 「……グラエム……なんで……俺のためって、どうして……」 「ああ? 友達じゃん」 「友達って……だってそこまでしてグラエムがどんな得するっていうんだよ……」 「は? 得? 何言っていんのおまえ。好きな人のために頑張るのなんて当たり前じゃん。……おまえの兄ちゃんだって、そうだっただろ?」  ラズワードはグラエムの言っていることを理解できず、混乱してしまった。ハルの時と同じだ。グラエムは、見返りのない好意を自分にかけている。理解できない論理を立て続けに聞かされたラズワードは、わけがわからなくなって、つい感情が昂ぶってしまった。 「……ふうん、グラエム、おまえ兄さんと同じなんだ」 「いや、同じっていったら命懸けで戦ってきたラズの兄ちゃんに悪いかもしれねえけど……」 「いいよ、グラエム。おまえも兄さんと同じく俺に求めるっていうのなら、してもいい。そこまでしてもらったんだし、そうでもしないと悪いから」 「……は? するって……何を?」  何を言っているんだ、俺は。  わかっていた。こんなこと、グラエムは求めていない。でもそうでもしなかったら、答えがでない。  これ以上訳のわからない感情をぶつけられたくない。グラエムの動機が「劣情」であったのなら、どれだけ楽か。簡単な答えか。   「グラエム。……セックスしようか」  グラエムが目を見開く。驚かれることなんて、想定内だ。今までただの友人として接してきた人にそんなことを言われたら驚くのは当たり前だろう。  ただ、今まで接してきた人はこうして誘いをかけてやれば決まって乗ってきた。あの訳のわからない男ハルだって、例外ではなかった(寸止めされたのは想定外だったが)。  どうせ、おまえも俺に劣情を抱いているんだろう。……そうだと言ってくれ。これ以上訳のわからない感情を俺にぶつけるのはやめてくれ。 「……ラズ? ごめん、好きな人っていうのは言葉の綾っていうか……違うんだ、そういう目でオレみていないから!」 「……だったらグラエムは俺に何を求めているんだよ。それくらいしか俺はできないけど?」 「だから! 何も求めていない! 強いて言うなら、おまえが無事に、笑っていてくれればいい」 「……っ」  また。また、「笑っていてくれればいい」。  なんなんだよそれ。笑顔なんて、なんの価値もないじゃないか。 「……おまえもか、グラエム……。おまえもどうせ、そう言って何も求めないフリして……何が狙いだよ! わけわかんねえんだよ! みんなしてそう言って……もうそんな訳のわからないことを言うのはやめろ!」 「……みんな……? おまえ、他のやつにもそう言ったんじゃないだろうな」 「……だったら? それがなんだよ」 「ラズ……おまえ……気づいてないのかよ。そうやって、人の愛情を無下にして……! そのおまえの言う「みんな」はおまえをただ好きで……大切に思っているからそう言っているのに……! それなのに、おまえはそうやって!! わかんねえのか!! そう言われた人が、どれだけ傷ついているのか!!」  ガッとグラエムがラズワードの胸ぐらを掴む。なぜグラエムが怒っているのかわからなくて、ラズワードはただされるがままになっていた。 「……お客さん……ちょっと、大声あげすぎですよ」 「……え」  立ち上がり息を荒げるグラエムに、マスターが小さく声をかける。すると、グラエムはきょとんとした顔で周囲を見渡した。  傍から見れば喧嘩を始めた二人を、周りの客は横目でチラチラと見ている。それに気づき、グラエムはやべ、と小さく言うとへらっと笑った。 「あ……す、すみません、マスター」 「まあ、少し強いお酒ですから。酔ってしまうのは仕方ないですけど、どうか周りの方のご迷惑にならない程度に」 「あ、あのー。こいつの部屋、俺と同じでいいっすか? もし金二人分取るっていうならちゃんと払いますから」  グラエムがハハハと笑いながらラズワードを指差す。胸ぐらを掴まれたままそんなことをされて、ラズワードはどんな顔をしたらいいのかわからず、なんとなく視線を逸らした。 「……あなたの部屋、一人用ですけどよろしいのですか?」 「あ、あー……大丈夫、こいつとはよくきったねー小屋で一緒に寝ていましたから」 「はあー……そうですか。……どうぞ、よろしいですよ。あんまり激しいことはなさらないように」 「へ? あ、はいー。わかりました」  ちなみに汚い小屋で~のくだりはバガボンド時代の話である。基地となっている小さな建物のなかで、みんなで昼寝をしていたりした時のことをグラエムは言ったのだろうが、マスターは完全に勘違いしているようである(先ほどの二人の会話を聞いていたのなら仕方のないことかもしれない)。  チラチラと視線を飛ばされるなか、グラエムはマスターに酒の支払いをするとラズワードを引っ張り階段へ向かっていった。そんな彼に、ぼんやりとラズワードはただ引きずられるしかなかった。

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