64 / 342

7(1)

***  部屋に着くと、グラエムが上着を脱ぐ。棚の上に乱雑に投げ捨てる辺り昔と変わっていない、そう思いながらラズワードはその様子を見ていた。せっかくのハンターの制服がシワになる、そう思って黙ってそれをたたんでみれば、グラエムはそれに気付いたようだ。あ、悪ィ、そう言って笑う。 「……ラズ」  グラエムが気まずそうに頭を掻く。それを見てラズワードもつい勝手に服をたたんでしまったことに気付いた。先ほどの話も解決していないのにこうも馴れ馴れしいことするのはまずかった、そう思ってラズワードは内心しまったと思った。 「オレ、おまえのそういうところ、好きだよ」 「え」 「普段オレにあたり悪ィけど、オレの見ていないところで気遣ってくれるところ」  急に何を言い出すんだろう。ラズワードは先ほどの怒りなどまるでなかったかのような態度を見せるグラエムを見て、目を瞬かせた。 「オレさ、初めておまえ見たとき、すんげえ無愛想な奴って思ったの。なんか見た目が無駄にいいのも相まってお高くとまってんのかなあって、そう思っておまえのところあんまり好きじゃなかった」 「……」 「でもさ、話してみると別にラズは気取っているわけでもなんでもなくて、ちょっと感情を表にだすのが苦手なんだ、そう気付いてさ。……時々見せる笑顔がすっげえ可愛いの。オレそれが見たくて、おまえにいっぱい話かけて……少しずつおまえを知って、いつの間にか好きになってた。昔はほんと苦手だったのに、今では友達だって、そう言い張れるくらいに」  へへ、と笑うグラエムは、昔となんら変わっていない。  よくこんな素直な気持ちを恥ずかしげもなく言えるよなあ。聞いているこちらが恥ずかしくなってくるようなグラエムの言葉を聞いて、ラズワードは微かに顔を赤らめる。 「だから……おまえが施設に連れて行かれて、そのときは本当に怖かった。おまえの笑った顔も、もう二度と見れなくなるんだって。もしも施設から帰ってきたとして、笑えなくなっていたらどうしよう。オレのこと覚えていなかったりしたら、悲しいとかそんなレベルじゃすまないなって」 「……グラエム」 「……ずっとずっと、ハンターとして頑張って、力もつけて……そうやっている中でも、ラズのことは片時も忘れたことねェんだ。もう一度、必ずラズの笑顔をみたいって……そうずーっと考えていた」  ……やばい、恥ずかしい。あまりにもストレートにものを言うグラエムに、ラズワードもたじたじであった。真面目に話してくれている彼から目を逸らすのも悪いと思ったが、流石に羞恥を覚えて口元を片手で隠す。 「……会えてよかった。そんなに変わっていなくてよかった。オレ、さっきおまえに会ったとき、嬉しくて嬉しくて……本当に、嬉しかった」  グラエムがそっとラズワードを抱きしめる。耳元でひく、としゃくりの声が聞こえた。 (……泣いている)  この涙も、俺のためなのだろうか――  誰かのために泣くこと……そんなこと、自分はあっただろうか。ラズワードはグラエムのすすり泣く声を聞いて、そんなことを思う。 ――いや、あった。たしか、俺が泣いたのは……  頭の中をチラリと何かの記憶が過ぎりそうであったが、それはグラエムの声によってかき消されてしまった。 「……さっきは怒鳴ってごめん。……でも、オレ、ラズにわかってほしくて……オレが、おまえの周りのみんなが、おまえのこと大切に思っているんだ、そうわかってほしかったから……」 「……俺のほうこそ……ごめん。変なこと言って……」  ふふ、とグラエムが笑った。グラエムと喧嘩をしたのは初めてだ。こうした会話を交わすのすら初々しくて、可笑しかったのかもしれない。  ラズワードも長年友人として過ごしてきたグラエムとのこんな会話に、気恥かしさを覚えて笑った。その笑い声を聞いて、グラエムはパッとラズワードから離れて言う。 「お、笑った。それだよ、オレそれ大好き」 「……もうあんまり好き好き言わないでくれ。恥ずかしい」 「だって本当だし。ラズもオレのこと好きだろ?」 「……ま、まあ……好き、だけど」  あれ、好きってなんだっけ。グラエムに対して性的な感情など一切湧いたりしていないのに、「好き」と口から自然にでてきてしまった。  ラズワードの言葉を聞いて、グラエムがぱあっと笑顔を見せる。それを見て、なんとなく心が暖かくなってくる。彼の笑っている姿に、嬉しさを覚えてくる。  ああ、これかもしれない。「笑っていて欲しい」、「好き」。その意味は。 「ラズから愛の告白いただきましたー! 帰ったら皆に自慢しよー」 「なっ……違う、そういう意味じゃない! 変なこと言ったりするなよ、絶対に!」 「わーってるよ、でも皆、おまえの話聞きたがると思うぜ」 「……なあ、グラエム」  グラエムの言葉に、昔の記憶が蘇る。元の身分が違う自分を受け入れてくれた、まだ若い自分を対等に扱ってくれた、そんな人たち。懐かしい、そう感じた。 「今もバガボンドの皆と交流あるのか? なにか話、聞かせてくれ」   ラズワードがそう言うと、グラエムはにかっと笑った。しかし、チラッと窓の外をみて、残念そうに言う。 「いっぱい話したいことはあるんだけどよ、明日早いだろ? 話すと止まんなくなるからさ、明日狩りが終わってから話すよ。今度こそ酒おごるからよ」 「……そっか。うん、じゃあ明日楽しみにしている」  夜明けに出現する魔獣。それを退治するために早起きするのなら、もう寝なければいけない時間だろう。少し残念に思ったが、ラズワードは納得する。  グラエムは身につけていた備品などをパッパッと外すと、またも棚に乱雑に投げてそのままベッドにダイブした。散らばった備品をため息を付きながらラズワードが整理すると、グラエムが呼びかけてきた。 「おーい、ラズ」 「なんだよ、グラエム、このなんでも散らかす癖どうにか……」 「さ、おいで。俺のと・な・り」  なにやら甘ったるい声を出しながらグラエムは流し目でラズワードを見つめた。わざとらしく胸元をはだけさせ、軽くベッドをポンポン、と叩く。 「今宵はキミの可愛い鳴き声を奏でてみせるよ、子猫ちゃ」 「きも……おまえどこでそんなつまらないギャグ覚えたんだ」  薔薇や光のエフェクトを無駄に飛ばしながら髪を書き上げるグラエムにラズワードはゴミを見るような視線を送る。氷のような眼差しに、それでもグラエムは怯まない。 「ああん!? 気持ち悪いとかふざけんなよてめえ! 本気だしてんのにそりゃねえだろ!」 「……あ、俺床で寝るからグラエムベッド使っていいよ。身の危険を感じたから」 「ばーっか! 冗談に決まってんだろ! 恐ろしいこと想像してんじゃねえ!」 「本気なのか冗談なのかどっちなんだよ……」  相変わらずのグラエムの阿呆っぷりにラズワードは口元が緩む。最近は、貴族であったり神族のエリートであったりと、気を休めるのは難しい環境にいたからだ。 「だから! 冗談だっつの! おまえに勃つとかぜってぇねぇし!」 「……へえ」  しかし、グラエムの発言に癪に障るものを感じた。性奴としてどんな相手だろうと満足させられるように調教されたラズワードとしては、それは頂けない発言である。一応性奴隷としてのプライドだってあったりするのだ。  ……という、そんなことを考えている時点で、グラエムの阿呆が伝染ってしまったのかもしれないが。たぶん、久しぶりのこのノリを、無意識の内に楽しんでいたのかもしれない。 「おまえ、言ったな。もし勃ったらもぐからな」 「おし、なんでもしてみろ! ぜってぇねぇもん、俺は女にしか基本勃たねえ! ……っていうかすっげえ物騒のこと言ってない?」  ふん、とラズワードは笑ってみせて、ローブを脱ぎ捨てた。ヘラヘラと笑っているグラエムをギャフンと言わせてやろう、というよくわからない使命感に囚われていた。

ともだちにシェアしよう!