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ラズワードのことを見つめる瞳に光は消えている。本人の意思を感じない。
先ほどのイヴの命令は洗脳魔術だったのか、ラズワードはそう気付く。ゆっくりと身を引いてナイフを腹部から抜けば強烈な痛みが襲って来て立ちくらみを起こす。その傷を治しながら、グラエムの様子を伺い続けるが何も行動を起こす様子はない。
何が狙いだ。味方のグラエムを使えばラズワードが反撃できないだろうという狙いならばさっさと攻撃させればいいのに。
ラズワードはグラエムに命令を出しているイヴの意図が掴めずヤキモキした。チラリとイヴを顧みれば、イヴはパチリと目を瞬かせ、微笑む。
「ああ……ううん、本当はさっさと君を傷つけさせようと思ったんだけど……なんだか面白いからさ、彼」
「……はあ?」
「え? いや……そのグラエムって子。君への恋心をなんだか知らないけれど押し殺している……可哀想だね。君のことを大事に思うばかりに自分の気持ちに素直になれないんだ」
そこまで言ってイヴはクッと吐き出すように笑った。
「そうだ、彼の願いを叶えてあげよう」
「……何を言って……」
「ラズワード……おまえは気付いたほうがいいよ。人の好意に気付けないことがどんなに残酷なことか」
ニヤ、とイヴの唇が弧を描き、その紅い瞳が見開かれる。黒の絵の具を溶かしても赤を保てるほどに深い深いその瞳の紅の禍々しさにラズワードは身の毛がよだつのを覚える。
思わずその瞳を凝視していたラズワードは、背後の気配に気付けなかった。後ろからグラエムに体を押さえ込まれたのだ。
「……! くそっ……」
抱きしめるように体を拘束され、振りほどこうともがいてみたが効果がない。洗脳魔術によって動いている彼に催眠や視覚を奪う魔術を使ってもおそらく効果はない。
厄介だ。拘束を解くにはグラエムを洗脳から解くしかない。解けるだろうか、そう不安ながらもグラエムの体の解析をしようとしたときのことである。
「……ラズ」
「えっ」
ふとグラエムに名前を呼ばれてラズワードはびくりと身動ぎをした。洗脳されているグラエムが愛称で呼ぶことなどあるのだろうか、そう思ったのである。操られているのは体だけなのか、そんな洗脳あるのだろか、そう思ってラズワードは振り向きグラエムの瞳を覗き込んだ。
「……ラズ」
「……グラエム、精神は無事なのか? 俺がちゃんとわかるか?」
「……なあ、おまえさ……本当どうしちゃったの? こんなに可愛かったっけ? こうしてみたらわかったけどさ、おまえ細いし……いい匂いするし」
「な、グラエム!? どうしたっ……」
グラエムの突然の発言にラズワードが驚いたのも束の間、グラエムはラズワードの首筋に顔を埋めて匂いを嗅ぎ始めた。いくら友人であろうと度を過ぎたグラエムのこの行動は流石に受け入れることができず、ラズワードは抵抗しようとしたが両の手首を片手で掴まれてそれは叶わなかった。思った以上に強いグラエムの力に驚いたがそんな場合ではない。グラエムのもう片方の手が服の中をまさぐり始める。
「ちょっ……グラエムっ! やめろ!」
「すっげェ……肌すべすべ……おまえこんなのいつもご主人様に触らせてんだ……妬けるわ」
「ま、違う……あっ……」
きゅ、と乳首を摘まれて思わず体が跳ねた。くにくにとしつこく弄ばれて体の力が抜けていく。かたかたと震える足でなんとか立っていようとするが、それも辛くなってきてラズワードは叫ぶ。
「……おい、イヴっ……! 俺の友人使って変なことする、な!」
「変なこと?」
「今まさにお前がグラエムにやらせていることだよ! ……っ、俺とグラエムはそういう関係じゃない! 今すぐやめろ!」
「ふっ……酷いこと言うなあ。別に俺はその彼に強制的にやらせているわけじゃないよ。まあ、俺が命令しているのには変わらないけどさ」
まっすぐ立っているのが辛くなり始め、ラズワードはくたりとグラエムに寄りかかった。
「あっ……、う、やめ……」
グラエムが手首を拘束していた手を離す。しかし手は開放されたと言うのに、腕が上がらない。くらくらと快楽に体が支配され始めている。そんな虚ろ眼で耐え続けるラズワードの顎をつかんで、グラエムは自分の方へ向かせた。
そして、口付ける。
「んっ……」
ぎゅっと目を閉じてラズワードは唇に力を込めて閉ざした。しかし閉ざした唇をなぞるように舌で舐められて、ゾクゾクと嫌な感覚を覚え思わず舌の侵入を許してしまった。そのままズルリと入り込んできた舌に口内を犯させる。できるならば舌を噛み切ってやったのに、グラエムが相手ではそれもできない。ただラズワードはされるがままでいることしかできなかった。
クチュクチュと水音が脳内に響き、意識も朧げになり始めたその時、イヴが口を開く。
「『可愛い、唇柔らかい、暖かい』」
「……、……?」
「今君とキスしているグラエムの心の声。はは、ちょっと罪悪感もあるみたいだけど、本能にはかなわないみたいだね。今彼の心は君とキスすることの悦びで満たされている」
(心の声……?)
イヴの言っていることを飲み込もうと頭を働かせようとするがグラエムにそれは阻まれていく。舌を引き抜かれれば銀の糸が引く。唾液に濡れた唇を指でなぞられて身体はぴくりと反応してしまう。
「あ、グラエム……だめ、やめろ……」
「ラズ……好きだ……可愛い」
「……っ」
ボタンが外されていき、抵抗しようとも腕に力が入らなくて上手くできない。鎖骨をじっとりと舐められてラズワードは思わずため息を漏らした。
「だめ……だめだ……グラエム……」
「ラズ……ここ、美味しそう」
「……っ、あ、あぁっ……」
グラエムが乳首を口に含む。吸い付くようにそこを丹念に愛撫され、ラズワードの身体の力が抜けていく。グラエムの肩に手を置き、腰を彼に支えられてやっと立っているようなものだった。口のなかで敏感なそこは優しく嬲られ、転がされ、視界にチラチラと白みが生じてゆく。
「あ、あ……グラ、えむ……お願い、だから……あぁ……」
「はっ、そんなに拒否することないじゃん。可哀想に、彼」
「……い、ヴ……」
ぼんやりと霞む目でラズワードはイヴを顧みた。イヴは口元に手を当て、目を細め、卑しく笑っている。
「ラズワード……言っておくけど、それ彼の意思だから」
「……嘘を……ん、ぁ」
今は反論する余裕がなかったが、ラズワードはグラエムが妙なことを言い出したときから彼の行動に違和感を覚えていた。
今までそんな素振りを見せたことがなかったのに、こんな場で急に好意を伝えてきて、あまつさえ身体を弄り始めてきた。ありえないのだ。イヴが洗脳魔術を使ってグラエムにやらせているとしか思えない。
「グラエムの意思」など、そんなわけがない。
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