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 本当に聞いていなかったのか馬鹿者、とまたエセルバートが言ってくる。先ほどのノワールの呼びかけがこの問いだったのだろう。しまったと思いながらハルはノワールへの違和感を一旦忘れることにする。 「先日買ったというと……ラズワードのことですか?」 「そうです。簡単にでいいので感想を教えていただければと思いまして。彼は私たちが力を入れて作り上げた商品ですから」 「……」  また、「商品」。やっぱりこの男は奴隷を奴隷としか思っていない。ラズワードも例外ではないのだろうか。だったらあのラズワードの様子は? 何かあったわけではないのか。頭の中にはハテナしか浮かんでこない。どう頑張って考えても答えがわからない。この男とラズワードの関係性についての答え。この男がラズワードをどう思っているかについての、答え。 「……とても、気に入っています」 「そうですか。それはよかった」 「……関係も良好ですよ」  じっとハルはノワールを睨みつけた。さあ、どうくる。どうしてもこの不安に囚われる状態から脱却したい。ハルはノワールの心理を知りたいと、鎌をかけてみる。ハルの予想は2パターンだ。  まず、ラズワードが一方的にノワールに対して何らかの想いを抱いていた場合。この場合ノワールはハルの言葉などになんの関心も示さないだろう。むしろバイヤーと商品が上手くいっていると喜ぶかもしれない。  次に、ラズワードの想いが一方的でなかった場合。つまり、お互いがお互いに想い合っている……というのも違和感があるが、その場合。このパターンなら、ハルの言葉は多少気になるはずである。自分の大切な人が違う人を想うことが全く平気な人はきっといない。たとえこんな普通から大きく外れた男だとしても。  しかしいずれのパターンにしてもノワールの反応は同じであるとハルは予想していた。  「嬉しい」、そんな反応を示すと。前者の場合その反応は当然。後者であったとしてもこの男は商人だ。客の気に障ることをするはずがない。自分の中にどんな想いがあったとしてもそれを表にだすことはないはずだ。  ハルはそうよんでいた。だから、ノワールの反応に少し驚いたのだ。 「……良好というと?」 「え……」  てっきりノワールがあっさりと「それは喜ばしいことです」とでも言って話を終わらせてくると思っていたため、ハルは間抜けな声をあげてしまった。まさかラズワードとの関係に興味を持たれるとは思っていなかった。  そのときハルの中では同時に幼い嫉妬が更に炎をあげていた。自分でも馬鹿らしいとは思っていたが、どうしてもこの男にラズワードが囚われていることが気に食わなかったのだ。 「……言葉のとおりです。俺はラズワードのことを奴隷としてでなく、一人の人間として愛してる」 「――はあ?」  ハルの言葉に驚きの声をあげたのはエセルバート。当然だろう。ミカエルの意思を次ぐレッドフォード家の当主、卑しい水の天使なんかに息子が熱をあげていると知ったならこの反応が順当である。しかしハルは気にすることなく続ける。 「彼も心を開いてきてくれています。笑顔をみせてくれます。きっと、お互いにとってお互いがなくてはならない存在です」 「……ラズワードにとって、貴方が……」 「……、そうです」  ノワールの口からラズワードの名前がでたことにハルは一瞬動揺してしまったが、それでもハルは怯んではいけないとノワールを見つめる。隣でエセルバートがあんぐりとした顔で見つめてくることなど、どうでもいい。 「……ハル様……彼は……ラズワードは幸せそうですか」 「……。……少なくとも、貴方の下にいたときよりは」 「……そう、ですか。……もっと、彼を幸せにしてあげてください……貴方のその言葉から察するところにまだ、はっきりとした関係ではないのでしょう? そう、まだ曖昧な関係な今よりも、明確に表現できる関係になればより心の中の幸福感は増大するものです。彼の中をそれで満たしてあげてください。今、それができるのは貴方だけですから」 「……」  すらすらとまるでラズワードの幸せを望んでいるかのような言葉を連ねるノワール。しかし、その組んだ指に微かに力が込められたのをハルは見逃さなかった。 「……それ、本当にそう思ってます?」 「……本心です。俺は彼に幸せになってほしい、そう願っている」 「……どうしてですか? 貴方が奴隷にそんな情を持つような人間だとは思えませんが」 「おい、ハル……!」  だんだんと口調が攻撃的になっていくハルにエセルバートは焦りを隠しきれないようである。自分でも抑えきれない怒りにハルは内心怯えていた。今まで人間関係を適当に成してきたハルはこのような感情に慣れていない。心を支配するどす黒い感情に全てが飲み込まれてしまいそうだった。 「なぜ……? 難しい理由じゃないですよ。俺が――」  冷たいのか暖かいのかわからない――そんな不思議なノワールの声が、ハルの胸を射抜くようであった。 「――彼を愛おしいと思っているから……それだけの理由です」

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