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*** 「ここが……」  ラズワードは部屋に入るなりキョロキョロと落ち着かない様子で部屋を見渡していた。そんな後ろ姿をみて、ノワールは静かに笑う。 「――ッ!?」  扉を締め、鍵をかけると同時に後ろからラズワードを抱きしめた。そうすると、彼はわかりやすく動揺した。びくりと肩を震わせたと思うと、すぐに身を縮こめて固まってしまった。  ラズワードの緊張が、ノワールに手に取るように伝わってくる。間隔の短くなってゆく呼吸音、熱くなってゆく肌。なぜだか、部屋の温度全体が上がったかのように感じる。 「ラズワード……好きだよ」 「んッ……」  ノワールが耳元で囁く。 「好きだ」 「や、やめ……」  かすれ気味の熱っぽいその声で耳を犯され、ラズワードはそれから逃げるように身動ぎした。ノワールはそんなラズワードの顎を指で捕まえて、耳孔に舌をねじ込む。 「あっ、あぁ……」  ラズワードは抵抗もできず、虚ろげな瞳で虚空を見つめながらノワールにされるがままになっていた。いつも以上に良い反応を見せるラズワードに、ノワールはつい虐めたくなってしまって言う。 「……あんまり大きな声だしちゃだめだよ……隣の部屋で寝ているルージュが起きる」 「ご、ごめんなさ……、あ、んんっ……」 「……言ったそばから……ほら、我慢して……」 「あッ……そ、そんな……んぁっ……で、も……」  口でそんなことを言いながらも、ノワールは責めることをやめなかった。むしろ手で服の上から胸元をまさぐってラズワードへの刺激を強めていく。そんな中、ラズワードがノワールに言われた通りに声を出さまいと、手で口を塞いで必死に我慢している様子がいじらしい。 「ふ、……ん、んん……」  ああ、可愛い。  ラズワードのことを幸せにするつもりもないのに、できもしないのに。彼に対して必要以上に愛情を抱いてしまっている自分が憎たらしい。その感情が余計に彼を不幸にする、それはわかっていても、こんなにも自分のことを愛してくれている彼に愛情を抱いてしまうことを拒めない。  彼の想いと微妙にすれ違うこの愛情が、彼を苦しめるだろう。  どうか、もっとおまえを幸せにできる人間を愛してはくれないだろうか。 「ラズワード、こっち向いて」 「のわー、るさま……」 「キスしよう」 「は、い……ん、ふ、」 ――おまえに俺は相応しくない。  同じ人間を奴隷として扱い、そうして生きてきた自分が大嫌いだ。そうやって自分を嫌っているということは、その奴隷制度を人として恥ずべきものだという認識があるからだと思う。奴隷商という職につきながら、下卑た顔つきで奴隷を買ってゆく人間を、心のどこかで蔑んでいた。  でも、今自分がラズワードにやっていることは彼らのやっていることと何も変わらない。自分のために彼の気持ちなど蔑(ないがし)ろにして身体を弄んでいる。  たぶん今の自分は奴隷を買ってゆく人間なんかよりもはるかに卑しいだろう。自覚のない彼らと違って、自分のやっていることの悪性を知りながらやめようとしないのだから。  押さえが利かなくて、彼の体に映した願望との交わりが心地よくて。喰らいつくようにキスをする。この行為が彼を傷つけるのだとわかっていても、どうしても止まらない。 「……のわーる、さま……」 「……!」  なんてどうしようもない男なのだろう。罪の意識があるのだと、そんなことを言いながら、実際にはこのザマだ。滑稽だろう、自分の好きなように弄んだこの青年にたぶん精神は囚われてしまっている。  思わず目を奪われてしまったのだ蕩けたような目をし、顔を真っ赤にして。そんな顔で自分を見上げてくるラズワードに。そして。絶景と呼ぶに等しいその表情。それが今は全て自分のもの。そんなことに一瞬でも優越感を覚えたことに気付き、ノワールの脳裏に恐ろしい考えがよぎってしまう。  全ての責任を投げ出して。今までの自分を捨てて。――彼を連れて、どこかへ逃げてしまおうか。

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