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「――ッ」  自分でも予想していなかったおぞましい欲望が突然湧いてきて、ノワールはそれを払拭するように乱暴にラズワードの腕をひいた。そして、ベッドの上に彼を叩きつけて馬乗りになる。 「……っ、ノワール様……!?」 「……、」  このままの勢いで彼を犯したら狂ってしまいそうで、それが怖くてノワールはラズワードの胸元に顔を埋めて息を吐く。ドクドクと自分への恐怖に脈打つ心臓を沈めたい。そうしていれば狼狽えるようにラズワードは小さく声を発していたが、やがて彼はそっとノワールの頭を腕で抱いた。 (……すごい心臓の音)  触れた肌から、激しいラズワードの動悸を感じる。自分を落ち着かせるようなラズワードの深呼吸の音が、妙に響いて聞こえた。  きっと、自分でいっぱいいっぱいなのに。こうやって、優しく頭を撫でて。 「……ラズワード……ごめん」 「……どうしたんですか、急に」  震える声で、まるで平静を装って。起き上がってみればラズワードは耳まで真っ赤にして、熱さで涙まで浮かべて。それなのに彼は、様子のおかしいノワールを落ち着けようと。  ノワールが何を思っているのかなど知らず、ラズワードはただノワールへ純粋な愛情を示している。薄汚い自分に彼がそんなものを向けてくれているのだと考えると、胸が苦しくて仕方がない。  ひと雫、頬に落ちた涙にラズワードは辛そうに顔を歪めた。そっと手を伸ばし、ノワールの瞳を濡らす涙を指で拭う。 「俺……今、心の中でおまえを殺したんだ」  ラズワードは自分の気持ちには気付いていない。それでも、確かに抱くノワールへの愛が、彼をこうして奮い立たせるのだろう。自分のことを全て捨て置いて、身も心も全部ノワールに捧げようと。  その決意の中にある想いは、「死を願うノワールを生から“救い出す”こと」であって、「ノワールと結ばれること」ではない。そんなこと、ノワールはわかっていた。  それなのに、このやましい心に刹那浮かんだ欲望は、彼の想いを全て無下にするもの。自分が恐ろしくなった。ただ、彼を美しいとそう思ったから。傍にいると楽だから。彼が自分に抱いてくれている想いとはあまりにも違う自分勝手な想いのために、彼の想いをすげなくし、挙句の果てには彼の理解してくれた自分の存在の根幹まで捻じ曲げようとしたのだ。  この欲望は、いかなる残虐な殺戮よりも、残酷に思えた。 「……そう、ですか」  それなのに、ラズワードは笑って言う。 「――いいですよ。貴方が俺を殺したいのなら、俺は喜んで死にます。貴方のために死ねるのなら……俺は幸せだったと、笑って死ねるでしょう」 ――ああ、ごめんな。「死んでもいい」なんて言わせて、ごめん。俺と出会わなければ、おまえは生きたいって平凡で幸せな願いをもっていられたのに。俺が存在しなければ、おまえにこんな言葉を言わせないで済んだのに。 ――おまえの言葉に「嬉しい」って少しでも思った自分が疎ましいよ。 「……ッ」 「ノワール様」  ただ、なにも言えずに泣くことしかできないノワールに、ラズワードが優しく口付ける。 「……ノワール様、愛しています」 「……なんで、ラズワードも泣いているの」 「……さあ、なんででしょうね……俺も、わかりません」  キスに混ざる哀しみの色。何が哀しいのかも、たぶんお互いわからない。ただ、あまりの胸の痛みに膝を擦りむいた子供のように泣いているだけだ。  時が止まったように、ただのキスを繰り返していた。心の穴を塞げると愚かに勘違いでもしていたのだろうか。すればするほどに心に穴が空いていっているというのに、それにも気付ない。すれ違いはあれど、お互いへの想いがお互いを苦しめているというのに。  馬鹿みたいに「愛している」と囁きあった。言わなければ居所を無くした感情が身体を破ってしまいそうになったから。 「……あ、」  身体を溶かすような愛撫が、心を燃やす。恥らいながらも素直に悶える彼の姿に、焦げ付く理性。  ああ、このまま朽ちてしまえばいい。消し炭になって空の彼方へ消えてゆけたのなら、どんなに幸せだろう。こんなにも優しい痛みで死ねたなら。 「……痛くない……?」 「……は、い……」 「……動いて、いい?」 「はい……ん、ぁッ」  熱が交わって、何も考えられなくなった。いつしか目の前の人のことだけで頭が満たされていく。 「あッ、あ、あぁっ」 「……ッ、」  頭を狂わせて、散々罪の意識に苦しんで。まるで人間のようなことをしている悪人だって、この瞬間は猿となんら変わりはない。快楽に酔って、腰を振って、ひたすらに相手を貪るのだ。    こんな益体のない行為を、どうしてしているのだろう。知らない、ただ、今はおまえが欲しくて堪らない。 「のわっ、る、さま……! の、わーるさま……!」 「……ラズワード、」 「あぁあッ……もっと、……もっと、なま、え……」  名前を呼んだ瞬間に、ソコがきゅう、と絞まる。その度にこっちもおかしくなりそうで、彼の名前はまるで麻薬のようだった。狂ったように彼の名前を呼んで、狂ったように腰を振って。自分が自分でなくなってしまいそうだった。 「あッあッあッ」 「ラズ、ワード……、」 「あぁッ……! すき……ノワールさま……すきっ……!」 「……っ」  くたりと身体をベッドに投げ出して、壊れたように口から甘い声を漏らして。ぎゅうぎゅうと締まりだした肉壁に、彼の絶頂を感じる。 「ラズワード、……目、開けて」 「……ん、ぁ」  堪らない快楽にくらりと歪む視界。  その中の濡れた青い瞳には、今、俺を映している。    そのまま、俺を見つめて。そして、深いその青に俺を沈めてくれ。 「ん、んぁッ……! のわ、る、さま……! い、く……!」 「……ラズワード、なか、出していい……?」 「はぁっ、あぁッ、だし、て……! なかに、だして……! ノワールさまの、あ、あぁっ、なかに、ほし、い……!」  精を吐き出すと彼の瞳がふるふると震えた。  それでも純情に俺を見続ける瞳は、何かに似ている。 ――ああそうだ、夜明けの空の色だ。

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