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――……
「ラズワード」
ノワールが帰ったことを確認すると、ハルはラズワードの下に戻った。ノワールのことを考えていたのか知らないが、ハルが声をかけるまでラズワードはどこか一点を見つめていた。
「……ハル様」
ぱ、と顔を上げたラズワードは夢から覚めたような顔をしている。
「……ノワール帰ったよ」
「……そうですか」
一瞬なんて声をかけようか迷ってしまった。ラズワードがあんまりにも神妙な顔つきをしていたからかもしれないし、ノワールとの関係性について明確な答えを聞いてしまうのが怖かったからかもしれない。
何から聞くのがいいのかと、そんな風にハルが言葉に詰まっていると、ラズワードが静かに言葉を発した。
「……ノワール様、何か言っていましたか」
「……なんか、おまえのこと幸せにしてほしいどうたらこうたら……」
「ふっ……相変わらずですね」
ラズワードは静かに笑う。想い人を慈しむようなその笑い方に、ハルは胸が締め付けられるようだった。
ラズワードは優しげな眼差しでここにはいない人を見つめていた。ああ、それ、おまえ確実にノワールのこと好きなんじゃ……。ハルが諦めにも似た気持ちでラズワードの表情を見つめていると、ラズワードは言う。
「あの人、俺が違う人を好きになったくらいで約束を破るような人だなんて思っているんですかね」
「え?」
ラズワードの言葉にハルの思考はフリーズした。そして気付けば声がでていた。
「お、おまえ好きな人いるの!?」
大きな声がでてしまって自分でも驚いた。しかもラズワードの様子をまるで気にしていないかのような馬鹿な質問に自分でも呆れた。
しかし、ラズワードはその言葉を聞くと怒るというわけでもなく、蔑むというわけでもなく、ただ驚いたという表情でハルを見つめていた。
「あ、いや、だって、ラズワードおまえ……そういう気持ちはわからないって言って……」
明らかに空気を読めていなかった自分の言葉にハルはうんざりしながらも、気になるものは仕方がない。この際だから聞いてしまおうすれば、ラズワードは静かに言った。
「……貴方が教えてくれたんじゃないですか」
ほんの少し顔を赤らめながらも、そう言って笑うラズワード。
(か、可愛い……!!)
「はッ」
ハルがその表情に悩殺される寸前になってぼーっとしていると、いつの間にやらラズワードは歩き出していた。慌ててハルは小走りで彼を追う。
「ら、ラズワード……」
「でも、まだなんじゃないかなって」
「へ?」
歩くと彼のサラサラとした髪が揺れる。その隙間から除く青い瞳が、澄んだ海の底のようで綺麗だ。
なんとなく感じていたことだが、先ほどノワールと別れた時からラズワードの表情がいつもと違う。儚くて抱きしめたくなるような、そんな可愛らしさよりも、凛とした気高さが彼の表情からは溢れていた。
「俺にはまだ資格がないんです。貴方の隣にいる資格が」
「……え、資格? いや、何? 好きな人って」
「……強さが足りない」
小さく言って、ラズワードは立ち止まる。
「俺の本能には、戦うことへの悦びが刻まれています。なんのためにそれがあるのかなって、そう考えて……ああそうだ、大切な人を守るためなんだって」
「……」
「だから、俺が俺を認められないうちは……まだ、貴方の傍にいられない。もっと貴方を守るための力が欲しい、もう二度と大切な人を目の前で失いたくない。そう思うんです」
「……ラズワード」
そうだ、ラズワードは先日辛い目にあったばかり。それが影響もしているのだろう。きっと彼の中でのその決意が固いものだ。
「なあ、おまえは俺の気持ち知っているだろ」
それを壊すようなことはできなかった。
「……え?」
きょとんとするラズワードの前に立ちふさがって、両手で彼の顔を掴んで、そしてキスをした。
「俺はもう一回伝えているんだからな。……あとはおまえの言葉だけだから」
「……ハル様」
ラズワードはぽかんと呆けた顔をしたが、ぱちりと瞬きをしたかと思うとハルの言葉を理解したように微笑む。
「……待ってるよ。ずっと」
ハルが言えば、ラズワードは花が咲いたように笑う。
そのとき見た笑顔は、今までで一番のものだった。
「――はい」
もう一度キスをしたくなったが、ここで勝ち残った理性を自分で褒めちぎりたい気持ちでハルはいっぱいだった。
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