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 エリスは呆然とその名を呼び、次の瞬間には怒りと猜疑のこもった声で言った。 「……貴様、なんのつもりだ」 「……は、いやだなあ、ちょっとした遊び心じゃないですか」 「――ふざけるな! もしラズワードがいなければ……! レッドフォードとマクファーレンの親交を永遠に断絶する事態になるところだったんだぞ! おまえは自分の立場をわかっているのか!」  ヘラヘラと笑って近づいてきたレヴィに、ラズワードは剣を握る手の力を強める。 「……ああ、何、古くから続く親交ってやつ? んなもんどうでもいいよ、今、マクファーレンは全部俺のものだ。全ての決定権は俺にある」 「……何を……! マクファーレンがどれほどの誇り高い伝統をもっていると思っている! 貴様のような成り上がりがそれを壊すというのか!」 「あーあー、いいよ、つまんない。俺、その手の話興味ないからさ。それより」  今にも攻撃を仕掛けてくるのではないかというラズワードの視線を臆することなく、レヴィはラズワードの前に立つ。レヴィはそっとラズワードの剣先に触れて、剣先を下げてゆく。流石にマクファーレン家の当主を傷つけることはできず、ラズワードは目つきで威嚇しながらもされるがままになってしまった。おとなしく剣を下ろしたラズワードに、レヴィは微笑みかける。 「……目、なにかつけているだろ」 「……っ」 「緑……そんなわけねぇよな。おまえの色は青のはずだ」 「な、なんで」  隠しているはずの目の色を当てられて、ラズワードは心臓が跳ねるのを覚えた。  レヴィとは会ったことがない。知らない人に顔が知られるほど自分が有名なんてこともない。  なぜレヴィが自分の本当の目の色を知っているのかと、ラズワードは驚きで言葉がでてこなかった。 「……だってさっきおまえが使った魔術、水魔術だよな? 水魔術を使えるのは神族か水の天使か悪魔だけだ。神族が天使に仕えるなんてことありえねぇし、悪魔をレッドフォード家のモンが自分の傍におくはずがない。おまえは水の天使……そうだろう?」 「……」  的確すぎる彼の推理にラズワードは何も言い返すことができなかった。  まさか、水魔術を使っただけで自分の種族がバレるとは思っていなかったのだ。それというのも、水魔術は治癒の魔術以外はほとんど知られていないため、そのほかの魔術を使ったところでそれが水魔術だとわかることなどない、ラズワードはそう思っていた。容姿をみたところレヴィは水の天使でもなさそうで、なぜ彼が水魔術など知っているのかと、ラズワードは思惑を巡らせた。 「……チ、流石だな……不本意だけどよ」 「……え?」  小さく呟いたエリスの言葉にラズワードは反応する。 「大した魔力量もないのにハンターのナンバーワンに君臨するだけはあるな。ここまで魔術の知識があるとは思ってなかった」 「……ナンバーワン? レヴィ様が?」 「んなことも知らねえのかよ。そうだよ、こいつ魔力量は並のハンターに毛が生えた程度なのに、ハンターのなかで最も強いって言われている。決して多くはない魔力量をカバーするだけの魔術の知識があるってことだ」 「……」  チラリとレヴィをみて、ラズワードは唾を飲んだ。今まで会った人の中で最も魔術の知識があった人物と言えばやはりノワールなのだが、レヴィは彼とはあまりにも雰囲気が違う。ノワールはというと、いかにも博識といった落ち着きがあるのだが、レヴィにはまるでそれがない。人を見かけで判断するわけではないが、ここまで見た目(と言動)と中身のギャップがあっては油断してしまうのも仕方がない。 「……貴方は、水の天使ではないでしょう……? 自分が使うこともない魔術の知識をどうしてもっているんですか?」 「……あぁ? おまえそれ本気で言ってる? 戦術を練る時に相手の情報を知らないでどうする。水魔術なんかは特に網羅しておかないと対処のしようがないだろうが」 「……でも、水魔術を使う敵なんて……」 「いるだろ。おまえもそうだし――神族もそうだ」 「……神、族」  エリスが言っていたことを思い出す。『神族を潰す』。噂ではなく、本当だったのか。ラズワードはショックをうけて唇を震わせた。

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