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***  アザレアがワイルディング家の屋敷の内部で起こっていることに気付いたのは、それから少し経ってのことであった。 「――お願いします」 「……?」  廊下を歩いていたアザレアは、影のほうから声を聞き取った。女の声だ。切羽詰ったようなその女の声からして、それは痴話喧嘩かなにかと思いアザレアは聞かなかったことにしようと思ったが、チラリと見えた相手の男にアザレアは息を飲んだ。 「……だから……それは無理だ」 「……わかっています……身分が違うってことくらい……でも、でも……ラズワード様が違う方と一緒にいるのなんて見たくありません……!」 ――ラズワード……!?  相手の男は間違いなくラズワードだ。ラズワードは壁に寄りかかり、腕を組み、めんどくさそうに女を見下ろしている。 (ラズワード……メイドと付き合っていたの……?)  少し前まで何も知らない少年だったラズワードが恋人をつくっているということに姉としてなんとも言えない気持ちを抱きながらも、気付けばアザレアは聞き耳をたててしまっていた。 「俺は誰かを特別扱いするつもりはない」 「……だったら……だったらなんで……! なんであんなことをしたんですか……! 初めからそのつもりだってしっていたなら……私……!」 「なんでって……おまえいつも俺のことみてただろ」 「――ッ! じっ自分に好意を抱いている女をそうやって侍らせてるんですか、貴方は! 惚れた弱みにつけこんで! なんでも言うこと聞くだろうって、そう思って!」  女が涙混じりに怒鳴ったその瞬間ラズワードが女に口付けたのを見て、アザレアはハッと口を手で覆った。うっかり声が出てしまいそうになったのだ。 「……別にいいよ。フレアが俺を嫌いだっていうなら俺は身をひく。君の言うことをなんだって聞く」 「……それなら」 「ああ、それ以外で」 「だから、なんで……!」 (う、わ……)  ラズワードが怒った女を押さえつけ、再び口付ける。水音が聞こえてきてアザレアは思わず顔を赤らめた。知らない間に弟が「男」になっていた事実になぜかショックのようなものを受ける。 「……じゃあ、今日はいつもよりいいことしてあげるから」 「い、いいことって……」 「……このキスの先」 「あっ……ダメッ」  ラズワードの手が女の服をたくしあげた瞬間アザレアはもう見ていられなくなって足音を立てないようにその場を立ち去った。心臓がバクバクとうるさい。頭がクラクラする。  ラズワードのあんな表情初めて見た。――人を誘惑するような……それでいて恐ろしく冷め切ったような。いったいラズワードは何を考えているんだろう。メイドの口ぶりからすればラズワードは他の女とも関係をもっている。 (……そういう知識もっちゃって身近な女で試そうとしている、とか……いやいや、ラズワードにかぎってそんなことは……)  混乱していることもあってかアザレアの思考はまともに働かない。モヤモヤと頭の中に霧がかかったように、それからずっと何も集中することができなかった。

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