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「大丈夫ですか? ラズワードさん」
「……うん、大丈夫」
シーツの上から、ぽんぽんと叩かれる。ラズワードはそれに反応するようにちょっとだけシーツから顔を出して返事をした。
ハルはエセルバートに呼び出されて、ラズワードに今日のハンター業代理の内容だけを告げ、部屋を出て行った。彼は出て行くときに、ラズワードをぎゅっと抱きしめた。たぶん、数分もの間ずっとそうしていたと思う。ラズワードはその抱擁にいっぱいいっぱいになりながらも応えた。しがみつくように彼の背に手をまわして彼の胸元に顔を埋めた。
今でも、その余韻が残っている。身体の中に淡い火が灯ったようにじわじわと暖かい。ハルが部屋を出て行ってからその熱を冷ますようにこうしてベッドの上で丸まっていたのだが、ふと朝のハルとの触れ合いを思い出せば余計に熱が膨らんでいって一向に症状がよくなる様子はない。
「……ミオソティス」
「なんでしょう?」
「……今、俺どんな顔してる?」
ハルの部屋で一人うずくまっていたラズワードの元にやってきたのはミオソティス。恐らく彼女はハルの部屋を掃除しに来たのだが、ベッドの上にいつまでも寝そべっているラズワードを邪魔に思ってこうして話しかけてきている。しかしミオソティスはとくに表情を変えることなく、質問に答えようとラズワードの顔を覗き込んだ。ふわふわとした結われた黒髪が揺れ、彼女の顔にかかる。そのアクアマリンのような瞳がラズワードを映し出す。
「……前とは少し違うように思えます」
「……違うって言うと?」
「……柔らかい感じがします、今のラズワードさん」
ラズワードがミオソティスを見上げると、彼女は更にまじまじとラズワードの顔を覗き込んだ。息がかかるほどに近づかれたが、ラズワードは特に不快感を覚えることもなかったため、じっと黙り込む。
「……ラズワードさん。やっぱり貴方の目、とても綺麗な色をしていますね」
「……そう?」
「はい。こうしてみていると、なんだか胸が締め付けられるような……そんな不思議な感じがするのです」
ミオソティスは髪を揺らし……静かに笑った。その彼女の表情に、ラズワードは息を飲んだ。ミオソティスとは度々話す機会があったが、今思うと彼女の笑顔を見るのは初めてだ。奴隷は感情を排除されるというのに、彼女はこうして笑っている。もはや笑うことなどないと思っていたミオソティスが笑ったものだから、特に彼女に対して特別な感情を抱いていたわけでもないのに何故だか嬉しくなって、ラズワードも微笑んだ。
「……笑った」
「?」
「ミオソティス、俺、その顔好きだよ。笑った顔、すごく綺麗だと思う」
ラズワードの言葉を聞いてミオソティスはぱちくりと目を瞬かせた。自分の頬に触れて、こて、と首をかしげるともう一度ラズワードの瞳を見つめ、そして再び笑う。
「私、笑ってましたか」
「うん」
「……そうですか。……きっと、こんなに綺麗な「色」を見るの、初めてだったから……すごく、どきどきして。ラズワードさん、私、貴方のもつ「色」が本当に好きなんです。それから」
ミオソティスはとん、とラズワードの胸に飛び込んできた。
「……貴方の「命」の声も」
ラズワードの胸に手のひらをそっと添えて、ミオソティスは目を閉じた。ラズワードには正直ミオソティスの言っていることがよくわからない。しかし、自分の存在が彼女に笑顔を与えているのだと思うと、悪い気分にはならなかった。そっと彼女の背に腕を回して、ぽんぽんと優しく頭を撫でる。
「……どんな声がするんだ? 俺の命は」
「言葉でははっきりとは言い表せません。……でも、聞こえてきます。空を流れる風の音。海を走る漣の煌き。散りゆく花びらの力強い息吹。……貴方の未来。全てのその先に、何よりも眩しい貴方の幸せが」
「……それが、俺の運命ってことか?」
ミオソティスはゆっくりと顔をあげる。ゆれるその瞳に、彼女は何を映しているのだろうか。
「……さあ、それはわかりません。これは私が貴方について感じたことです。貴方の「青」を見て私が感じた……それだけのこと」
「……そっか」
するりとミオソティスはラズワードから退いた。振り向くと彼女の纏う着物がふわりと揺れ動く。この服はなんなんだろう、すごく綺麗だな、とそんなことをラズワードが思っていれば、ミオソティスは壁に立てかけてあったホウキを手に持った。そしてさっと掃除をし始める。
「……俺、邪魔?」
「……いいえ。ここにいて大丈夫ですよ。ラズワードさんもこの部屋のほうが落ち着くでしょう?」
「べ、べつにそういうわけじゃ……」
シーツから仄かに香るハルの匂いに気がついて、ラズワードは僅かに顔を赤らめた。このシーツにくるまれているとまるでハルに抱かれているようで暖かい。落ち着くかといえば、たしかにそうだったりもするのだ。
「……その着物ってどうしたの? 他の奴隷はそんなの来てないよな」
「私がつくりました」
「……ええ!?」
話をそらそうと思って話題をふってみれば、思いにもよらない彼女の特技が判明する。素直に驚きながら見事な模様の入った着物をラズワードはまじまじとみていた。
(「色」がどうとか言っていたのって、ミオソティスは単純にこういうのが好きなのか……?)
ふと見てみれば再びいつもの無表情のミオソティス。よくわからない子だな、なんて思いながら、ラズワードは再びやってきた眠気に身を委ねはじめた。
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