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*** 「ハル、おまえももうその歳だ。従者の一人もいないのはどうかと思わないか」  エセルバートの私室。どこか不貞腐れた顔をして座っているハルに、エセルバートは呆れの色を浮かべて諭している。 「……他人に四六四十付きまとわれるのは好きじゃありません。それに自分の世話は自分でできます」 「そうも言っていられないだろう。おまえはレッドフォードの継承権を二番目にもっている立場なんだぞ、こういうことを言いたいわけではないが、周りの目も気にしないか」 「……」  エセルバートの言葉にハルは黙り込む。エセルバートの言っていることはもっともだ。三大貴族の次男ともなる者が従者もつけないのはどうかと、自分でも思っている。それでも、朝も昼も夜もずっとその人に傍にいられるのだと考えるとどうにも鬱陶しくて頷けない。もともとハルは人付き合いは好きではないほうなのだ。  しかし我が儘ばかりも言っていられない、とハルは考え込む。そして、ふとあることを思いつく。 「あの、お父様。俺から従者を推薦してもいいですか」 「ん? おまえがいいと思う者がいるのか。それならその人でいいぞ、よかった、全くやる気がないわけではないんだな……」 「ラズワードです」 「……は?」  エセルバートはハルの言葉に目を丸くする。その反応は予想済みであった。奴隷身分の水の天使などをレッドフォード家の次男が従者にすることなど許されるはずがない。しかし、ハルはそれを譲るつもりはなかった。ずっと傍にいて欲しいと思う人など、彼しかいない。 「……まて、ハル、おまえ確か前もその奴隷にうつつを抜かしているようなことを言っていたが……あれはだめだ。あれは見るからに水の天使、周りから好奇の目で見られるに決まっている」 「別に……俺は構いません。それに彼は有能です。戦闘能力はなることながら、よく見ていれば頭もいい。ほかの奴隷とは違って意思ももっている。従者になる力は十分にもっているはずです」 「……だめだ。それだけは認めることができない。……そんなにその奴隷が気に入っているのならそれはただ傍に置いておけ。従者にはできない」 「……」  一向にラズワードを従者にすることを認める気配のないエセルバートに反発心を覚えたが、ハルは黙っていた。それというのも、始めてエセルバートの前でラズワードへの想いを語ったときとは違って、今、彼はラズワードとの関係については口をだそうとはしないのだ。ハルはそれが少し気にかかっていた。何か企みでもあるのかと勘ぐってしまう。 「……お父様。何も言わないんですか。……俺が、ラズワードを愛してるということについて」 「……」  ハルが問いただせばエセルバートは黙り込む。口元で手を組んで、じっと考えたように目を閉じた。どうくるか、とハルが出方を待っていれば、やがて彼は口を開き出す。 「……ハル、今までおまえは人を好きになったことがないだろう」 「……え?」  思いにもよらないエセルバートの言葉にハルはポカンと口を開けた。 「……ずっと、思っていたんだ。おまえは特定の恋人や、親しい友人をつくろうとしない。全て「それなり」の関係ですまそうとする。……不安に思っていた、おまえにとって「特別な人」ができないんじゃないかと。……おまえは一生「愛」の感情を知ることなく死にゆくのかと」 「……」 「……だからおまえがあの奴隷に対してそこまで強い想いを抱いていると知った時は驚いた。聞いた当初は水の天使なんかとそんな関係をもつことを許せなかったが、……私は正直嬉しかった。たとえ相手がなんであろうとも、おまえはその奴隷を通して初めて、「愛」の感情を知ったんだ」  エセルバートはその堅い表情を崩そうとはしなかった。しかし、心なしかその目に優しさを感じた。ぐ、とハルの中で何かがこみ上げてくる。目頭が熱くなったのを感じた瞬間、ハルは咄嗟に俯いた。 「……お父様、俺……」 「ああ、何も言うつもりはない。おまえとその奴隷の関係については、口をださない。おまえの好きなようにするといい」 「……はい」 ――ああ、そうか。そういえば俺はラズワードが俺にとって初めて愛した人なんだ。  そう思ってハルはふと笑った。以前よりもくるくると変わるようになったラズワードの表情。時折見せてくれる笑顔。最近少しだけ見せてくれる、照れた表情。  堪らなく、愛しい。 「……もう少し、従者については考えておくので……今日のところはこれくらいで……」 「ああ」  ハルは席をたつ。思ったよりも父が自分のことを見ていたという事実にどこか気恥ずかしさを感じながらも、ハルは部屋を後にした。

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