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「どうかお願いします!! 貴方にしか頼めないんです!!」
「……」
今日もいつもどおりラズワードはハルのハンター業の代行をする日であった。今朝ハルに伝えられた情報によれば、今日の悪魔はレベルAの女の悪魔で、天界の中でも治安が悪いことで有名なアルビオンという街で多くの天使を殺害しているのだという。そもそもハンターが犇めいている天界の街の中に住んでいるという時点でとんでもない強敵であることは間違いなく、ラズワードは気を引き締めてアルビオンに向かったのだが。
思ったよりもその悪魔はすぐに見つけることができた。赤っぽく長い茶髪の髪に可愛らしい顔立ち、露出は多いがふわふわとした装飾品のおかげかあまり下品さを感じない服装。そんな彼女はわけのわからないことに、ラズワードのことを見るなり駆け寄ってきて突然ひれ伏したのである。
「頼みを聞いて頂けたのなら、私の首を差し出しますから! 私を狩りに来たんでしょう? だから……」
「ま、まってくれ……いきなりそんなことを言われても困る、そもそもなんで俺に……」
女の頼みとはこんな内容であった。
アルビオンの一角には、多くの娼館があるのだという。その中でも一際大きな娼館『ディーバ』にいる娼婦を彼女は救いたいのだそうだ。大分昔にここに連れてこられた彼女は、初めにそこに来た時はとても純情で優しく、そして気高い人物だったのだそうだが、ずっとそこにいるうちに気がふれたかのような言動が目立つようになってきた。その原因は言うまでもなく彼女の性に合わないであろう売春であり、しかも彼女はディーバの中でもトップの座についているらしくおかしな客も多い。無理を強いられ、彼女はますます精神的に追い詰められているのである。
デイジーがこの街で天使を殺害しているのも、聞くところによればその娼婦に無理強いをする厄介な客を殺しているのであって、楽しんでやっていることではないらしい。
しかし、そうして天使を殺害してまわっていることがその娼婦にバレて彼女に思いっきり嫌われてしまったのだそうだ。「もう二度と私に関わるな」とまで言われたらしい。しかし、そう言われて悲しみにくれながらも言われたとうり殺害はやめ、彼女にも関わらないようにしていたある日、彼女に今までで一番と思えるくらいに酷い客がついた。どうやら貴族の男のようで、彼女の心を抉るようなことをしているらしく、彼女は日に日に目に見えるように衰弱していった。
だから、彼を彼女から遠ざけて欲しいのだと、デイジーはラズワードに頼んでいるのである。
「俺は貴族にたてつくくらいの権力を持っていないし、むしろそういう人達と問題を起こしたくない。俺の主人に迷惑がかかる」
「でも……貴方ほど魔力を持っている人滅多にいません……。その方はとても強い魔力を持っていて、下手にそこらへんの人に頼んだらその人が返り討ちにあってしまいます。お願いします……」
「……そもそも、わざわざアルビオンにきて娼館にいくなんてどんな物好きなんだよ。普通、貴族なら奴隷でも買うもんなんじゃないのか」
「……レイヴァースという貴族を知っていますか? 「騎士」を名乗る貴族の中で今最も大きな勢力を誇る……今度レッドフォード家の護衛に名乗りでるとも言われているんですけど……」
「……レイヴァース……!?」
デイジーの頼みなどさらさら受け入れる気のなかったラズワードは、『レイヴァース』の名を聞いて顔色を変えた。聞き覚えがあったのである。
昔、「騎士」のトップの家系といえばワイルディング家であった。三大貴族レッドフォード家の護衛を務めるほどなのだから、当然ともいえることである。
そして、二番手と言われていたのがレイヴァース家である。レイヴァース家はトップであるワイルディングに激しい敵対心を持っており、ワイルディング家とレイヴァース家の仲は最悪と言っても良いほどであった。ワイルディング家が没落しそうになった際には度々イヤミを言いに来たり、そしてワイルディング家が没落するとレイヴァースは晴れて騎士の頂点を名乗ることができるようになったのである。
ラズワードはその存在を秘匿されていたためレイヴァースの者とは顔を合わせたことがない。しかし、彼らのおかげでワイルディング家の者たちが辛い思いをしているのをよく目にしてきたのだった。
「……助けるって言っても……どうやって? 娼婦を身請けするほど俺は自由に金を使えない」
「……懲らしめてほしいんです。もう二度とあの方に近づかないように」
「……そういうことをやっておまえはその娼婦に嫌われたんだろ。彼女は自分の客を傷つけられたくないんじゃないのか」
「……でも……」
デイジーはしゅん、と俯く。ラズワードも意地悪で言っているわけではなく、あくまでハルに迷惑をかけたくないという理由で断っているだけのため、実際のところ心を痛めていた。デイジーの気持ちに共感できないわけでもないし、ラズワード個人としてもレイヴァースは気に食わない。
どうしたものか、とラズワードが悩んでいた時のことである。
「――」
どこからか、女の声が聞こえてきた。少々枯れ気味の声だがどこか気品のある声。誰の声だろうと思ってラズワードがあたりを見渡すと、少し離れたところで男女が話をしている。声の主と思われる女性はラズワードからは背中だけしか見えないが、その大きく背中の開いた服からのぞく綺麗な肌、さらさらとした長い髪から美女を連想させた。
ぼーっとラズワードが彼女を見ていると、デイジーがちょいちょいと袖を引っ張ってくる。顧みれば、彼女は口をぱくぱくとさせ、小さな声で呟いた。
「あれ……あれです……! 私の言っていた娼婦……!」
「……え!?」
驚いてラズワードはもう一度、女性をみる。よく見てみれば、彼女は男を誘っているようであった。客引きをしているのだろう。しかし、男は見るからに金を持っていないような風貌で、やはりというべきだろうか、首を横に振り去っていく。
「私、隠れていますから……ラズワード様、ちょっと彼女に話しかけてみてくれませんか?」
「え、まて……」
「じゃあ、お願いします!」
「おい……!」
ラズワードが引きとめようとするも虚しく、デイジーはぴゅうっと走り去っていってしまった。
ため息をつきながらもラズワードはちらりと娼婦を見つめる。彼女は男に断られたことを気にもしないようにくるりと辺りを見渡している。頭にかぶっているベールのせいで顔はよく見えないが、まだ若い女性のようである。彼女はラズワードを発見するなり近づいて来た。
「そこの御方。お時間ございますか?」
「あ……」
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