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「ラズワード……イヴを知っているのか……!?」
「え、お兄様? イヴって……ああ、そうか、イヴって悪魔はナイトメアって呼ばれているんでしたっけ」
「そうだ……あの悪魔は危険すぎる。あのルージュの手から逃れて施設を脱走したっていうんだ……なんでそんな危ない奴とラズワードが知り合って……」
「……お兄様そんなに危ない悪魔の調査をしているの?」
「……まあ……レッドフォードと神族の親交は深いからさ。神族の失態をカバーするのも俺たちの役目ってところなのかな。ノワールの奴が動かないのは不思議だけど……」
「ああ、ノワール様……素敵な方だったわ。でも彼、自由には動けないでしょう? トップに動くなって言われたらノワール様はそれに従うしかない」
「……トップって……ノワールとルージュがトップじゃなかったか? あの施設」
「そっか。あんまり知られていないんですよね。施設のトップはその二人じゃありませんよ。影で二人を操っているのは管理者って呼ばれている、ノワール様の父上です」
「はぁ……!?」
妹がなぜそんなに入り組んだ情報を知っているのかと気になって、そして初耳であるそれに興味を惹かれたが、そんな話をしている場合じゃないとハルは我に返る。イヴとラズワードが関わりをもっている。そして、イヴについて詳しい情報を得るチャンスがすぐそこにある。ハルはラズワードとウィルフレッドの会話に耳をすませた。
「な、なあ……契約の解除の方法知らねぇか……? 俺、死にたくねぇ……!」
「契約の解除……? なんとなくやり方を聞いたことはあるけど……やったことないからできるかわからない」
「いいから、お願いします、助けてくれ……!」
「……、」
自分の命の危機に取り乱すウィルフレッドを、ラズワードはとりあえずなだめる。態度をガラリと変えたことについては、まあ仕方ないだろうと納得して、ラズワードは魔獣との契約の解除の方法について思案に耽る。
――全ての魔術には魔術式が存在し、そしてそれを打ち消す逆魔術式が存在する。
ノワールの言葉を思い出す。施設の中、戦闘訓練が落ち着いて机上での魔術の学習に入った頃に教えられたものだった。
『逆魔術式、は打ち消したい魔術と逆の性質をもつ魔術のこと。ラズワード、この図をしっかり覚えてね。向かい合っている魔力は互いに打ち消し合うことのできる、逆の性質をもっているんだ。『火と水』『風と土』この組み合わせを絶対に忘れないこと』
『じゃあ俺は……火の魔術なら打ち消せるんですか?』
『そう。ちゃんと相手の使った魔術式を把握さえすればね。でもそのためには火の魔術についても完璧に覚えなくちゃいけない。ラズワードには時間がないからそこまでは俺、教えられないな。ごめんね』
『いえ……あ、これがもしかして神族だけが使えるっていう「相殺魔術」ですか? 俺が貴方たちに捕まる時……奴隷商の人、俺が撃った攻撃の威力を半減させていましたよね』
『そう、よく覚えているね。それが相殺魔術。そのときはラズワードの魔術の威力の方が上だったから完全に打ち消すことができなかったんだ。完全に打ち消したいなら同じ強さの魔力を必要とする、これも覚えておくこと』
『……なんで神族だけが使えるって言われてるんですか? 俺にも使えるんでしょう?』
『それは単純に……ラズワードは火の魔術しか打ち消せない。でも俺たちは天使や悪魔と違って持っている魔力は無属性だから、どんな魔術でも打ち消すことができるんだよ。そういうことじゃないかな』
イヴの魔力は水の魔力。もしも本当にイヴがウィルフレッドに契約をさせたのなら、ラズワードには相殺することはできない。しかし、幸運にも契約魔術というのは誰が使っても無属性となるらしい。つまり、ラズワードにも相殺は可能なのだ。
ウィルフレッド体内にある魔術式の解析を試みようとラズワードはウィルフレッドの腕に触れる。実際には触れずとも解析は可能らしいのだが、触れたほうがやりやすいとノワールが言っていたためラズワードはそれにしたがった。
触れた腕は不自然なほどにビクビクと脈打っており、今にも暴れ出しそうであった。息をのみながら自分の腕に触れるラズワードの手を見つめるウィルフレッドの顔は脂汗がびっしりと浮かんでいた。
「……?」
「おい……大丈夫そうなのか、解除できるか?」
「……これ……ただの契約魔術じゃない……?」
魔術式をある程度解析したところで、ラズワードは違和感を覚えた。知っている契約魔術と違う。魔術式はある程度使う人の魔術の解釈によって変わってくるというのを考慮したとしても、だ。
知識が足りなすぎる……? たしかに契約魔術については水の魔術と比べてそれほど教えてもらっていない。ただ、基礎は知っている。だからある程度複雑な魔術であろうと解析ができないということは……
「違う……これは……契約魔術じゃない……!? みたことのない……」
「な、なあ、変だ、なんか腕が変だ……!」
「え――」
ぞわ、と得たいのしれない悪寒がラズワードを襲う。ウィルフレッド血管が恐ろしいほどに浮き上がり、赤黒く変色していく。声にならない悲鳴をあげるウィルフレッドは、痛みからか白目を向いていた。
契約魔術じゃない。これは――
「あああああああああああ!!」
「……ッ」
指があらぬ方向に折れ曲がり、そして、膨れ上がって行く。そのおぞましい変化はそこからどんどん上へ侵食するように広がって行き、生まれ出た新しい肉塊は少しずつその正体をはっきりとさせていく。ラズワードは意を決して剣を抜き、そして、ウィルフレッドの腕を一気に切り落とした。そして、地に落ちても尚動き続ける腕を蹴り飛ばすと、ウィルフレッドに駆け寄ってすぐに止血をする。
「ごめん、こうするしか……」
「あ、あ、あ、……」
「……気を確かに……! ここから離れるぞ、ウィルフレッド」
ラズワードはウィルフレッドの残った腕を引くと、駆け出した。
「……!?」
足を踏み出した瞬間、小さな、叫び声のようなものがきこえた。そして同時に地面が勢いよく揺れる。驚いて振り返ってみれば、切り落とした腕が凄まじい勢いで膨れ上がり、一つの城は超えるのではないかという程の大きさの怪物の姿となっていた。しかもそれは一体ではなく、3体。これが、イヴの何らかの魔術によってウィルフレッドの腕に押し込められていたのである。
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