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「ラズワード!」  ひとまずウィルフレッドを連れて逃げようとしたラズワードにハルが呼びかける。 「ハル様、あの魔獣は俺が片付けます。ハル様は皆様を連れて逃げて……」 「いや、逆だ。俺が足止めする。おまえが俺の家族を連れて逃げろ」 「え、なんで」 「おまえのほうが強いんだ。だからこそ俺の家族についていて、しっかりと守って欲しい」 「……」  みればハルの手には、武器が握られている。初めて見たが、この白く輝くスピアがハルのプロフェットらしい。後ろのほうで唸り声をあげる巨大な魔獣と、スピアを持つハルをちらりと見比べて、ラズワードは言った。 「わかりました。俺は皆様を屋敷に避難させたらここに戻ってきます。ウィルフレッドからは他に生体反応を感じないので一緒に置いてきても問題ないでしょう。ですから、ハル様はそれまでどうか耐えていてください」 「ああ、頼りにしているよ、ラズワード。俺の大切な人達だ、しっかり守ってくれ」 「はい、お任せください」  大丈夫だ、単純な魔力量ならハルのほうが上回っている。ラズワードはそれを確信すると、ハルに背を向けて走り出した。ヨロヨロと足元のおぼつかないウィルフレッドを支えながら、エセルバート達の元へ向かう。突然現れたレベル5の魔獣に動揺しっぱなしの彼らをなだめながら、ラズワードは屋敷への誘導を始めた。 「き、君……ラズワードといったな、あれは一体なんなんだ」 「……私にもはっきりとはわかりません。しかしあれはイヴの魔術によるものだと思います」 「……君はハルの奴隷だろう。ハルについていなくていいのか。ハルを守ることが君の役目じゃないのか」 「ハル様がこうしろと私に言ったのです。私はハル様があの魔獣たちを相手に持ち堪えられると信じています。それにハル様にとって大切な家族を守ることも、俺の役目ですから」 「……」  後ろから耳を劈くような魔獣の雄叫びが聞こえてくる。不安そうに何度も振り返るエセルバート達。直ぐにでもハルの元に戻りたいラズワードとしては一刻も早く屋敷へ彼らを送り届けたいところだが、急かすのもかえって状況を悪化させてしまう。焦る気持ちを抑えながら、ラズワードは彼らの足に合わせて走り続ける。 「きゃっ」 「マリー様!」  そのとき、マリーが躓いて転んでしまった。ラズワードは急いで彼女のもとへかけよる。 「大丈夫ですか」 「だ、大丈夫、すぐ立てる」 「……」  マリーは膝から出血していた。ラズワードがそれを治してやると、マリーは直ぐに立ち上がろうとする。高いヒールのためか一瞬立ち上がるのにもよろけていた。そして、よくみてみれば踝に靴擦れの跡がある。 「……マリー様、失礼します」 「え、ちょっと、何する……きゃあっ!?」  再び走らせたところでマリーは早く走ることはできないだろう。そう判断したラズワードはマリーをひょいと抱き抱えた。驚いたマリーは口をパクパクとさせ、軽くラズワードの胸を叩く。 「お、下ろしなさい! 自分で走れます、貴方みたいなひょろひょろに身を預けるほうがかえって不安ってものよ!」 「マリー、黙ってなさい。そんな格好で走られても迷惑だ」 「お、お父様まで……」  エセルバートが騒ぐマリーを制する。娘をまかせるとラズワードに言っているようものだ。これには正直ラズワード驚いた。しかしここ立ち止まってもいられない。ラズワード達は再び走り出す。 「あ、あれ……」 「……!?」  しばらく道を行き、震える声でマリーが示したのは、前方に見えた巨大な竜であった。先ほどウィルフレッドから出てきた魔獣うちの一匹である。一瞬、ラズワードはハルがやられたのではないかと肝を冷やしたが、3体全てがこないところをみると、ハルが一匹逃しただけのように思われる。確かにこれほど大きな魔獣を一人で3体足止めするするのは無理があるというものだ。  立ち止まったラズワードたちに魔獣は狙いを定めていた。その不気味な赤い瞳でこちらを見たかと思えば、物凄いスピードで突っ込んでくる。 「いやぁ!!」  ラズワードの腕のなかでマリーが身を縮めて泣き叫んだ。他の者達もこの世の終わりのような顔をして呆然と立っていた。 「マリー様、一旦下ろしますよ」 「やだ、やだぁ……! 怖い、離れないで!」 「……、大丈夫、側にいる」  ラズワードはマリーを下ろすと、肩を抱き寄せた。震えながらしがみついてくるマリーをあやすように静かに彼女の頭を撫で、そして同時に剣を抜く。 「――……」  少し離れたところで、エセルバートはラズワードを見ていた。巨大な魔獣が正面から襲ってきているというのにそれに臆することなく剣を構え、その射抜くような目で標的を睨みつける。真っ直ぐに切っ先を魔獣に向けマリーを傍に抱きかかえる姿は、御伽噺に出てくる姫を守る騎士のように凛としていて美しかった。黒い燕尾服は風に翻り、突風に絹糸のような髪が靡き、構えた剣は彼の魔力をもって輝いている。  剣を引き、そして一気に突き出す。二人を食い殺さんとばかりに向かってきた魔獣に、剣の先からほとばしる光の粒が絡まって行く。それは徐々に形を為して行き、やがて氷へと姿を変えて行った。魔獣を覆うように氷は面積を広げて行き、そして最後には全てを包みこみ巨大な氷の塊となる。  マリーは息を飲んでその様子を見つめていた。おぞましい化物が美しい氷像へと変化するその魔術。そしてラズワードがくい、と剣を動かすと、ヒビがはいっていき音を立てて氷は割れた。空から散る氷の雨は、光を纏いきらきらと輝いている。 「すごい……」  目を輝かせて、マリーはその光たちを見ていた。もう魔獣は滅したというのに、ラズワードに抱きつきっぱなしである。マリーはラズワードが剣を引き、そして鞘に戻すところまで、ずっとその動作を見つめていた。きん、と鍔が鞘にぶつかる音で、マリーは顔をあげる。 「すごい、すごいすごい!! ラズワード様、今のはなんですか、魔法ですか!? 初めてみました、こんなに綺麗な魔法!」 「いえ、今のも魔術ですよ。一応水魔術の一つです」 「そうなんですか!? 水魔術って治癒だけだと思ってました! ……ねぇお父様、ご覧になりましたか、ねぇ、なんて綺麗なんでしょう!」  先ほどまで怯えていたのが嘘のように、マリーははしゃぐ。目をきらきらとさせながら、エセルバートに話しかけるその様子は、さながら普通の少女のようであった。エセルバートとマリーはまだ和解していなかったが、久々に見る娘の無邪気な笑顔にエセルバートは困ったように笑う。 「ラズワード、……礼を言おう。娘を救ってくれてありがとう」 「……いいえ。私は私の役目を果たしただけです。……俺にとっての大切な人の、大切な人ならばなにがなんでも守り抜きます。そう俺は自らに誓ったのです」  天界三大貴族・レッドフォード家の当主にも、臆することなくラズワード堂々と言ってみせた。そんなラズワードを、エセルバートはどこか満足げに見ていた。

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