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***  レベル5の魔獣を相手にするのは初めてではなかった。しかし、この魔獣はどうにも強すぎるように思われた。ハルは攻撃を防ぐので精一杯で、なかなか反撃に移れず焦っていた。  そう、この魔獣、知能が高すぎるのだ。レベル5の魔獣となればある程度の知能をもっていてもおかしくはないが、この魔獣それにしても高い。ラズワードの憶測が当たっていたとすれば、この知能の高さはイヴが操っているからだといえるだろう。  レベル5の魔獣を同時に3匹。それをここまで完璧に操ることができるイヴの能力の高さに、ハルはおののいた。  イヴについては、ある程度調べがついている。イヴは一家揃って地獄で迫害を受け酷い差別を受けていた。その理由がなんでもイヴがあの『ルシファー』の生まれ変わりだとかいう噂が広まっていることが原因だそうで、天使と悪魔対立の原因をつくりあげたルシファーの魂をもつとされたイヴを、周り者は恐れ、忌み嫌ったのだそうだ。その噂が事実なのかは調べる手段がないため不明である。そもそもなぜそんな噂が広まったのかすらも謎だ。とにかくイヴとその家族は耳を塞ぎたくなるような酷い仕打ちを沢山うけてきた。そしてイヴがとうとう施設にはいったころ。イヴという強い力をもつ者そばにいなくなった彼の家族は、彼らを疎む者達の手によって殺された。イヴの施設からの脱走は入った直後のことだったのだそうだが、彼が家族を殺されたという事実を知ったのは少し後だったという。  施設を脱走してからのイヴの行動は、目に余るものであった。人を誑かし、陥れ、嘲笑う。イヴは元々人の苦しむ姿を見て愉しむという節があったが、家族の死をしってからはそれがより顕著になった。彼の使う独特の魔術、淫魔術のひとつ「ナイトメア」。これは人を精神的に追い詰めるためだけに存在しているかのような魔術であり、しかも有効な対抗手段が見つかっていない。もしもこれを使われてしまったら、彼から逃げることはできないという。  現ルージュを騙し打ち、施設を脱走したイヴ。その神族の尻拭い役に抜擢されたのがハルだった。神族と親交の深いレッドフォード家の、ハンターであり且つ実力を持っている者。他の上位のハンターにも同時にイヴの情報は流されたのだが、こうして本格的に調査をしているのはハルだけだろう。ハルは他の者と違って、施設から直々に命をうけているのだ。 「――ッ」  調査を初めて数ヶ月。ハンター業に手をだせなくなってラズワードに代理をやってもらうまでにイヴの調査に精をだしていたものの、こうしてイヴの能力を間近でみるのは初めてであった(このイヴが操っているだけの魔獣がそれというに値するかは別として)。あのルージュの手から逃れたというのだから相当の力を持っていることを予想されたが、今、それを実際に見てハル思う。想像をはるかに上回っている、と。この二体の魔獣は、おそらく水魔力をもっている。ハルの炎魔術とは相性が悪いが、それを考慮してもこの魔獣は強い。一匹逃してしまった魔獣はまだそれほどではなかったものの、この二体の魔獣はいくらハルが魔術をぶつけても怯む様子すらみせないのだ。  スピアに魔力を溜めて、そして一気に突き出す。業火が一直線に魔獣に向かって行く。魔獣はその身体から大量の水蒸気を発生させてハルの攻撃威力を半減させてしまう。先ほどからこれの繰り返しだ。あちらから攻撃を仕掛けてくる様子はない。しかしこちらの攻撃も効かないのだから戦況は変わらない。 「……っ、」  ただひたすら魔力が削られていくこの戦いにハルが息を切らし始めたときであった。二体の魔獣が同時に吠え、その大きな口を開けてハルに向ける。あ、まずい、そう思ったハルは咄嗟に防御の体制をとろうとした。しかし、すぐに考えを切り替える。ここで守りに入ったところで破られればどうせ死ぬ。それなら全ての魔力を注ぎ込んで全力で魔術をぶつけたほうがまだ勝算がある。  予想通り、魔獣口からは巨大な魔力の塊が吐き出された。それを構成するは水魔力。炎魔術での勝機は薄いが、この広範囲の攻撃は逃げることもできない。ハルは意を決して全ての魔力をスピアに注ぎ込んでそして降りかぶろうとした。 「……、」  しかし、その手は動かなかった。……その目で、その魔獣の魔術の強大さをしっかりととらえてしまって。自分の体を遥か上回る魔力の塊。自分の魔術なんかちっぽけに思えた。どんな魔術をぶつけようと、この巨大な魔力の塊には無意味にしか思えなかった。微か頭の中にあった勝利への希望が一気に消え去る。死への恐怖だけに、支配された。  だめだ、死ぬ。  脳裏に様々な記憶蘇る。あ、だめだこれ、確実に死ぬ。走馬灯なんてもん見ているようじゃ、もうだめだ。よぎる。大好きな、彼の笑顔。ああ、最後に、ラズワードに会いたいなぁ……

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