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「――そのスピアを突き出して!」 「――え?」  どこからともなく、声が聞こえた。誰の声か、なんて判断する余裕もなく、ハルは言われるがままに途中で辞めてしまった魔術を再開する。わけがわからないままスピアを魔獣のめがけて突き出し、そうすれば先から炎の渦がほとばしる。しかしわかっていたことだがそれは魔獣の吐いた魔力には敵わない威力。衝突すればたぶん、跡形もなく消えてしまうだろう。  諦めにも似た感情がハルの脳内を満たし始めたとき。ハルの視界に刃が煌めく。誰かがハルの隣に立ち、剣を掲げている。  それと同時に、ハルの放った炎の威力が急激に膨れ上がった。炎は凄まじい轟音をたてながら魔獣の放った魔力の塊を飲み込んで、その水属性の魔力の塊を打ち消してしまった。補助魔術だ。この刃の先から放たれたのは、ハルの炎の威力をあげる補助魔術。水に打ち勝つほどの凄まじい業火は魔力の塊を壊しただけでは飽き足らず、そのまま魔獣の向かって行き、まるで質量をもった巨大な刃のように、魔獣を貫いた。すると、今までどんなに攻撃してもびくともしなかった魔獣は苦悶の唸り声をあげ、もがき苦しみ始める。 「あ――」  熱風が吹き荒れる。強風に煽られ、その髪を靡かせハルの隣に立っていたのはーー 「ハル様、報告にあがりました。無事に、ご家族を屋敷まで送り届けましたよ」 「……ラズワード」  ラズワード。今、会いたいと願ったばかりの彼。その顔には、今まで見たことがないほどに汗が浮かんでいた。おそらくここまで、全力で走って戻ってきたのだ。体力は魔力で回復できるため息切れはしていないものの、その汗が何よりの証拠だ。 「なあ、ラズワード……!」 「はい、なんでしょう」  一歩前にでたラズワードを、思わずハルは呼び止めた。何か言いたいことがあったわけではない。ただ。この恐ろしい魔獣と対峙しているなか。業火に包まれたこの場所で。風にあおられながら、真っ直ぐに立つ彼の背中をみたら、なぜか彼の名を呼んでしまった。振り返った彼の微笑みに、ぐっと胸が締め付けられる。  なんて、綺麗なんだろう。 「……いや、あとで」 「……はい」  低い地鳴りのような声をあげながら苦しみ続ける魔獣に、ラズワードは剣を向ける。そして一気にそれを振り抜けば、周りの炎を掻き消しながら魔獣に氷の塊は向かって行き、そして魔獣を飲み込んだ。  炎の熱は一気に消え去って、整然とした冷たい空気と美しい氷の煌めきが辺りを包み込む。振り返ったラズワードの髪を、冷気が撫ぜた。 「ハル様……」  ラズワードは剣を鞘に収めると、ゆっくりとハルに歩み寄ってくる。そして、ハルのすぐ傍までくると、飛び込むように抱きついてきた。ハルはよろけながらもそれを受け止めて、きつく抱きしめ返す。 「……ラズワード?」  かすかに耳を掠めた、小さなすすり泣く声に、ハルは息をのんだ。 「……よかった」 「……え?」 「間に合って、よかった……!」  あ、とハル思う。そうだ、もしもあのタイミングでラズワードが来なければ。自分は死んでいたと。 「ハル様……俺、今度はちゃんと守れました……大切な人のこと……ハル様、ハル様……俺……!」 「……ラズワード」  おまえがいなければ俺は死んでいた。来てくれてありがとう。助かったよ。言いたいことはたくさんあった。それでも、自分を見上げて、泣きながら、嬉しそうに微笑んでいるラズワードの顔を見たらもう何も言葉がでてこなくなってしまった。  たぶん、自分もつられて泣いていた。涙の理由を説明しろと言われたらこう言うだろう。「ラズワードにことが好きすぎて泣いてしまった」。 そのサラサラの髪の毛を、指で梳く。背伸びをして、首に手を回してきたラズワードに、これが合図だというように。ゆっくりと唇を重ねた。なあ、愛しいよ。おまえのことが好きだ、大好きだ。  何度も何度も角度をかえて。好きで好きで堪らないこの熱を感じて、受け止めて。ほんの少しまざる涙の色に、ぎゅっと胸が締め付けられて。どうしてこんなに愛おしい。どうしてこんなに好きなんだろう。  離した唇に、冷たい風が淋しい。涙の雫がきらきらと光る睫毛が美しい。 「ハル様」 「うん」 「――好きです」 「……ッ、うん……」  やっとその唇から聞けたその言葉に。全ての衝動が煽られた。馬鹿みたいに涙が溢れてきた。   もう一度、キスをする。――しばらく、止めることができなかった。

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