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***  結局勝敗についてはっきりしないまま決闘は終わってしまった。もちろん今回の決闘でハルの護衛権がどちらに帰属するかは決まらなかった。しかし決闘が終わり、レッドフォード家が落ち着きを取り戻した頃。もうすっかり日が沈み、屋敷の者が就寝の準備にはいる時間にラズワードはエセルバートの書斎に呼び出された。 「しつれいします」  エセルバートの書斎は初めて入る。……というよりも、エセルバートとまともにこうして話すこと自体が初めてかもしれない(魔獣に襲われたときはお互いの意識はおそらく魔獣へ向いていただろう)。なにしろ天界三大帰属のレッドフォード家の当主だ。普通の人ですら話す機会など与えられないというのに、奴隷身分のラズワードは尚更だ。あのときは戦闘中ということもあり意識がそちらに向いていたため臆することなく会話できたが、こうして改めて顔を合わせて話すとなると、さすがのラズワードも緊張した。ドアをノックするときから心音がなかなかにうるさかった。 「ああ、きたか、ラズワード。今日の君の戦いっぷり、素晴らしかったよ。なにより私の娘を守ってくれたことに感謝したい」 「い、いえ……」 「こうして呼び出したのはな、君に渡したいものがあるからなんだ」 (あ……)  エセルバートが立ち上がり、ラズワードに近づいてくる。そのとき、ふと部屋の端を見てみると、ハルが立っていた。ハルもなにやらエセルバートの意図がわかっていないようで、彼を不思議そうに見つめている。恐らくハルも、ラズワードと同じように突然呼び出され、ここにきているのだろう。  一体エセルバートはラズワードになにを渡すというのか。どこかハラハラしながら立つラズワードに、エセルバートは一つの小さな箱を渡す。 「……これは?」 「あけてみなさい」  ラズワードは恐る恐る渡された箱をあける。 「……え、」  どこか重みのあるその真紅の箱をあけると、そこには銀色の記章が入っていた。そこに彫られていた文様に、ラズワードは疑問で頭がいっぱいになった。なんでこんなものを今、自分は渡されたのか。だって、この剣と炎をあしらった文様は…… 「お父様、これ、」  隣でいつの間にか覗き込んでいたハルが声をあげる。そうするとエセルバートは気難しそうな、しかしどこか柔らかな微笑みを浮かべながら言った。 「ラズワード、顔をあげなさい」 「……はい、」 「……君を、ハルの従者に任命しようと思う」 「……え?」  ラズワードは大きくその瞳を瞬かせた。エセルバートの言っていることがわからない、とでもいうように。  渡された記章に刻まれていたのは、レッドフォード家の家紋だった。そう、レッドフォード家に認められた者だけが持つことを許されるもの。奴隷であるラズワードが持つことを許されるはずのないものである。 「ラズワード……やった、やったな! これでラズワードはずっと俺の傍にいられるぞ!」 「え、え……まってください、だって、俺……奴隷ですよ? レッドフォード家の正式な従者になんて、ありえな」 「ありえないもなにも、こうしてラズワードが俺の従者になったんだよ、お父様に認められたんだよ! おまえはもう奴隷じゃない、俺の正式な従者なんだ!」  すこし興奮気味にラズワードの肩をつかんではしゃぐハルに、ようやくラズワードは自分の置かれている状況を理解した。認められたんだ、レッドフォード家の当主に、自分がハルの従者になることを。  飛び上がりたいほどの喜びをぐっと堪えて、ラズワードはエセルバートに向き直る。 「エセルバート様」 「ああ」 「俺……ラズワード・ベル・ワイルディングは……この命を賭けて、ハル様の身をお守りいたします。俺の、誇りに誓って……!」  朗々とそう宣言したラズワードに、エセルバートは笑顔をむけた。そして今にもラズワードに抱きつこうとしているハルを「すこし落ち着け」といいながらひきはがすと、ラズワードの頭を撫でる。 「どうか、息子をよろしく頼むよ」 「はい!」 「あと……」  エセルバートはチラリとハルを見たかとおもうと、そっと屈んでラズワードの耳元に口を寄せる。 「ハルを幸せにしてやってくれ」 「なっ……」  ふわっと顔を赤らめたラズワードをみてエセルバートがけらけらと笑ってみせる。ラズワードに何を言ったんだとハルがあんぐりとしながらエセルバートを見つめていたが、エセルバートは意地悪そうな笑みを浮かべるだけで何も言わなかった。  恥ずかしくて、嬉しくて、ラズワードはうつむいた。焦ったようにラズワードに寄ってくるハルの顔を見ることができない。 「お、お父様……ラズワードに何を言ったんです! まさか俺からラズワードを盗るつもりじゃ……」 「え、エセルバート様……」  わーわーと騒ぎ始めるハルを遮って、ラズワードが小さくエセルバートに呼びかける。そして、きゅっとハルの服をつかみ、頬を染めながら、そして微かに微笑んで。掠れるような声で言った。 「幸せをいただいているのは、俺のほうです……」  え、と小さく声をあげて赤面するハルと、ハッハッハ見せつけてくれるわ!などといいながら高笑いするエセルバート。今にも部屋を飛び出したいくらいの恥ずかしさに、でもそうすることなど勿論できるはずもなく。ただただ顔から湯気がでそうになるくらに顔を赤く染めて、それからハルが惚気てエセルバートがただ笑うという二人の会話を傍観することしかできなかった。

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