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「え、エリス様」 「おう、なんだその顔は。お帰りなさいませはどうした」 「あ、お、お帰りなさいませエリス様……えっと、たぶん連絡いっていたと思いますが決闘は……」 「知ってる。ここにいられるんだろ?」 「は、はい……」  ラズワードはそわそわとしながら返事をする。なぜこんなにもラズワードが挙動不審になるかといえば、原因はもちろん自分のすぐそばにいる人物、アザレア。エリスとアザレアの仲については知っていたため、およそ100年ぶりに再開する二人をどう言った目でみればよいのかわからなかったのだ。そして、ラズワードを相手にあれだけ今の自分を卑下して逃げ出そうとしたのに、恋人であったエリスにアザレアはどんな態度をとるのだろうと不安になったのである。 「エリス、様」  思ったとおりにアザレアは震え出した。ディーバの刺青の入った胸元を、服で隠れているというのに手で覆い隠し、そしてもう片方の手でラズワードのシャツをきゅっと掴んだ。レッドフォード家にアザレアがくる前に彼女は散々エリスに会いたくないとラズワードに言っていた。こんな娼婦に堕ちた自分をみたらエリスは自分を嫌悪するだろうと。だから、彼女の不安を共有するかのようにラズワードまでエリスの表情を恐る恐る見つめていた。もしもアザレアを貶しでもしたら自分はどうエリスに言葉を返せばいいのだろう。ラズワード自身アザレアにあった時に彼女の変わりようにショックをうけたため、恋人であったエリスがそれ以上の反応をすることは当然である。しかし彼の気持ちはわからなくもないし責めることもできない。それでもアザレアの傷つく姿をみたくない。  アザレアを手を握り、緊張に高鳴る自らの鼓動を聞きながらラズワードはいつの間にかエリスに睨みつけるような目線を送っていた。それに気づいてかエリスはすっとラズワードそばへ寄ってくる。そしてビクリと身じろいだラズワードの頭をくしゃりと撫でると軽く肩を押してアザレアの前からどかす。 「あの、エリス様、私……」 「よ、アザレア。久しぶりだな」 「え?」  あまりにも普通な態度にそこにいた誰もが驚いた(事情をしらないミオソティスは除いて)。当のアザレアも困惑しているようで、オロオロとしてしまって何もエリスに言うことができない。エリスはあっけらかんとした表情で笑うと、アザレアちょいちょいと手招きをする。 「ずっと会えなくて寂しかったんだぜ、もう夜遅いけどよ、よければ俺の部屋こないか?」 「……は、はい」 「え、エリス様!」  茫然とするアザレア。魂が抜けたような顔をしているアザレアの手を引くエリスを、ラズワードは思わず呼び止める。そうするとエリスは困ったように笑って振り返って、ラズワードに向かって言った。 「ラズワード、今までありがとな」 「は……」  それだけ言ってエリスはアザレアと共に廊下の奥へ消えて行ってしまった。ラズワードはなんともいえないような表情をしてハルに問う。 「エリス様は姉さんのことどこまで知っているんですか?」 「さあ……従者のロドバルトさんには全部言ってあるから、彼が兄さんにどこまで伝えたかによるけど……ロドバルトさんがそんな気を使えるとも思えないし全部知っているんじゃないのか」 「……エリス様って結構対人関係あっさりしていますよね。俺との関係についてもまるで何もなかったかのように……」 「……まあ、なんだかんだ大人だし……俺より年上だし……恋愛事慣れてるし……こんなしょうもないことで嫉妬している俺とは違うんじゃないでしょうかねー」  拗ねたように言うハルに、ラズワードは吹き出した。 「ほら、エリス様も言ってましたよ。今日はもう夜遅いんですから……皆さん自室に戻ってください。明日も朝早いでしょう?」 「ラズワードさん、ハル様、それからマリー様。おやすみなさい」 「えー、ラズワード様ともうお別れー!? ラズワード様、明日こそ私といちゃいちゃしましょうね!」 「え、ラズワードもう寝るの? おまえ健康的すぎない?」 「はい、ミオソティスおやすみ。マリー様、そうですね、よろしければお茶でもご一緒しましょう。ハル様はこっちです」  どこか投げやりな態度でラズワードはハルの手を引いてその場から立ち去ろうとした。不貞腐れるハルの腕をぐいぐいと引っ張りながら、自分に手を降ってくるマリー達にぺこりとお辞儀をする。 「ラズワード……絶対俺のことガキって思ってるだろ」 「ハル様は俺よりも年上でしょう」 「ほら! 否定しない! どうせ俺は兄さんよりも精神年齢低いですよ!」 「……そんなことよりハル様」  ずんずんと廊下を進んでいくラズワード引きずられるようにハルは歩いて行く。壁掛けのランプだけが照らす仄暗い廊下を、二人の足音だけが響いている。急に声のトーンを落としたラズワードに、なにか怒られるのではないかとびくりとしたハルは、次のラズワードの行動に口から心臓が飛び出そうになってしまった。 「……親の公認ですね」 「はいっ!?」  い、いまそんなムードじゃなかったじゃん! いきなりなんつー可愛いことを言い出すんだこいつは!  腕を絡めて、肩口に頬をすり寄せてきたラズワードに、ハルは動揺でなにもしてやることができなかった。いつの間にかたどり着いていた自室の前、ハルはピタリと立ち止まって、次に出すべき言葉を模索していた。しかしいくら考えてみても、自分の腕に縋り付いている恋人の可愛さに頭が真っ白になってしまって声がでてこない。 「……ハル様、俺と結婚するんですか?」 「あ、あれは……! い、いや、俺の立場だとそう簡単にできないって知ってるけど、ほら、うっかり願望が……」 「結婚、できなくても俺は幸せですよ。こうしてハル様のそばにいられるだけで」  ラズワードはするりとハルから離れると、ハルの部屋のドアノブに手をかける。 「でも……結婚できないなら。貴方とやっと結ばれてエセルバート様に認めれた今日が」  そして、振り返る。 「俺とハル様の初夜ってことでいいですか?」  淡いランプの光に照らされ、静かに微笑んだラズワードにハルは眩暈を覚えた。耐えきれずがっつくようにキスをして、そうすればラズワードは図ったように自らのハルの部屋の扉をあけたから、ハルは唇を重ねたままラズワードを部屋に押し込んで。そして、鍵を閉めた。

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