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やけに静かな夜だった。星の綺麗な夜に囁く夜鳥も、葉風に揺られてざわめく木葉も、なぜだろう。この日はしんと静まり返って、冷たい夜の空気には静寂の色が溶けていた。
「――」
お互いの吐息だけが耳をくすぐった。それと、服を掠めたり、髪を梳いたりする僅かな音も。じりじりと胸に染み渡る音達が心を撫ぜてゆく。
「ハル様……」
「ラズワード」
名前を呼べば、その瞳に熱が宿る。狂おしいほどの恋情に、引き裂かれるほどの胸の痛みを覚えた。
ああ、これからこの人に抱かれるんだ。愛される。
こんなことなんどもなんども激しくやってきたというのに今、今まで生きてきて初めての想いの通った情の結びにラズワードは蕩けてしまうくらいの熱を胸に感じていた。
「ん……」
軽く体を押される。ベッドまで移動するのか、それを感じ取ったラズワードは、ハルから唇を僅かに離して、掠れ気味の声で言う。
「……電気、消しませんか」
「……俺、ラズワードのこと全部見たい」
「でも……」
ラズワードはとん、とハルの胸に額を押し付ける。
「暗いほうがどきどきしませんか」
そう言って恥ずかしくなって、ラズワードは照れ笑いをした。
「あんまり可愛いこというなよ……」
ハルは苦笑いをすると、電気を消す。部屋が暗闇に包まれると、ラズワードはぎゅっとハルの胸にしがみついて、背に回した手でシャツのシワをかき集める。全身で、熱だけを、相手の鼓動だけを感じて。引っ張られるように高鳴る自分の心臓がもどかしい。
「ハル様……」
「うん……」
「好きです……」
「……俺も」
ハルはゆっくりとラズワードをベッドに押し倒す。ラズワードの後頭部に手のひらを添え、髪をかき混ぜながら、深く口付けて舌を絡ませながら。やがてベッドに沈んだラズワードを見下ろせば、たっぷりと熱を汲んだ瞳で見上げられる。暗闇では黒く見えるその瞳は、月明かりに反射したところだけ青く輝き、怖いくらいに美しい。ゆらゆらと揺らめく青は緊張と胸の高鳴りにざわめくラズワードの心を映し出していた。
「……こうして、改めてするってなると……なんだかすごく緊張します」
「……俺も同じ。さっきからくらくらする」
「……今まで似たようなことやってきたのに、変ですね」
「だって……違うじゃん。もう、俺、ラズワードになにをしてもいいんでしょ」
恋人だから。僅かに顔を赤らめながらハルは言う。ラズワードはくすくすと困ったように笑って、ハルの頬に手を添えた。
「なんか……くすぐったいです。恋人なんて、初めてですから」
「……俺、初めての恋人なの?」
「ええ……だから……俺に、なんでもしてください。俺に恋人っていうものを教えてください。……ハル様」
ハルはぐっと胸から込み上げてくる何かを堪えて、ラズワードの唇に軽く自分のものを重ねた。ああ、初めてなんだ、そんなしょうもない情報がやけに嬉しいと思った。初めてを自分にくれたんだ、そう思うとなんだか泣きそうになってしまった。
なあ、だって。昔の彼はどうだった。愛なんてものを馬鹿にして、ラズワードのことを好きだっていうハルの気持ちすらもどうでもよくて。きっと愛に飢え過ぎた故に愛がわからなくなってしまっていた。
そんな彼が今は。こうして唇を重ねれば静かに目を伏せて。腕を背に回してきてもっと、ってせがむのに、ただ重ねただけの唇の感触をじっくりと感じるように焦れったいキスをして。唇を離せば熱い吐息を零して、僅か目をあけて淡く微笑んで。堪らず食らいつくようにキスをしてやれば、舌で口内を犯してみれば、嬉しそうにそれに応えてくれる。
触れた舌の先から溶けてしまうくらいに熱い。ひどく気持ちいい。キスをしているだけだというのに頭がくらくらとしてきて、これから自分はどうなってしまうのだろう。本当にこれからハルに抱かれるのだと。はらりとはだけた肌を撫でられて、ラズワードはぎゅっと目を閉じる。唇を離して、そうすればハルに見下ろされて。月明かりに逆光となり影のかかった彼の顔に、ドクドクと心音が騒がしい。
「ラズワード、綺麗だ……」
「……っ」
ハルがラズワードの胸を撫でる。女のようにそこが膨らんでいるというわけでもないのに、手のひらで胸を押し上げるような動きをしながらすべすべとした肌を堪能するようにゆっくりと。
「ん、」
「……気持ちいい?」
「……なんか、変です」
「……こうすると?」
「あっ、」
「すごく気持ちいいでしょ」
きゅっ、と乳首を摘まれてラズワードは小さく仰け反った。微笑むハルの下で、ラズワードは恥ずかしさに口元を手の甲で覆い隠す。
「好きだもんね……ここ。いっぱい触っていい?」
「……そんな、……あ、……んんっ、」
こうして体を重ねる前にも。一緒のベッドで過ごしたときは、ハルは決まって乳首を弄ってきた。だから、ハルはもうわかっている。ここは、どうすればラズワードが気持ちよくなれるのか。ラズワードはこうして身体のことを知られてゆくのが、恥ずかしかったのだ。
それでも、こうしてハルに触れられると快楽に逆らえなくなってしまう。胸の内側のほうからじわじわと熱くなってきて、その熱を逃がすかのようなため息が唇から零れてゆく。
ハルが芯を持ち始めたソレを口に含むと、ラズワードは堪らずのけぞった。舌で転がされて、痺れにも似た熱さが体を侵食する。
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