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 照明も消し去って。真っ暗闇の部屋の中でウィルフレッドは布団に包まって震えていた。ラズワードとの決闘には事実上の惨敗。加えてイヴと関わりをもっていたということで、明日からイヴの調査をしているというハルに尋問を受けることになっている。 「くるなくるなくるなくるな……」  切り取られた腕の切口が痛むような感覚を覚えた。腕に植え付けられた魔獣に全身を侵食されないようにラズワードが腕を切り、そして止血をしてくれた部分だ。そう、この欠損はラズワードの所為ではなく、腕に魔獣を植え付けたイヴによるものと言っていいだろう。  そう、あのイヴという男。あんな物腰柔らかな風を装って起きながら、恐ろしく残虐な心をもっている。もし全身を魔獣に喰われたら、と考えただけでも身の毛がよだつ。そんなことを平然とやってのける、イヴはそんな男だ。  今更のようにそのことに気付いてしまったウィルフレッドは、恐怖に喘いだ。イヴの望みであろうラズワードの殺害を果たせず、加えて明日はハルにイヴの情報を提供しなければいけない。 「――今晩は、ウィルフレッド」 「あああああああああああああ!!」 ――イヴがウィルフレッドを殺しにやってくるのは、必然といってもよいだろう。 「く、くるなぁ! 俺は、精一杯やった、アイツがデタラメに強すぎたんだ、おまえが騙したんだろ、こんなバケモノ俺が制御できるわねぇだろうが!」 「誰にもばれなかったみたいだね、ソレ」 「は?」  ウィルフレッドが喚くのを無視して、ーー自然に窓淵に座って現れたイヴは、とんとん、と自分の耳元を叩いて見せる。 「すごく小さな魔獣だから、探られても発見されないことが多いんだ。……まだ、もう一匹おまえの中に魔獣がいるんだよ」 「……は、うそだろ、……とって、くれよ! やだ、死にたくねぇ!」 「言われなくても」  泣きながら叫んだウィルフレッドに、イヴはにっこりと微笑みかけた。床に降り立つと、ゆっくりとベッドに近づいていき、ウィルフレッドを押し倒す。 「取り出さないと使えないしね」 「だ、だったら早く……!」 「ふ、」  紅い瞳がぎらりと光る。イヴの背面には、窓淵に囲まれた大きな月。ぞわりとウィルフレッドの全身に鳥肌が立つ。ヤバイ、そう思ったところでもう遅い。腰を抜かしながらも這いつくばって逃げようとしたウィルフレッドの肩を掴み、髪の毛を引っ張って、イヴはニヤリと笑う。 「大丈夫、君は十分役目を果たしたよ」  そして。イヴは指をウィルフレッドの耳の中に突っ込んだ。容赦無く奥まで抉り、何かを探すように掻き回す。ウィルフレッドは白目を向いて泡を吹き、体を痙攣させる。イヴはまるでそんなウィルフレッドの様子も気にしていないという風に、目当てのものを見つけると満足気に笑ってそれを引っ掻きだした。 「"Regeneration"」  指の先に乗るくらいの、カタツムリのような形をした魔獣にイヴが命令をすると、それから音声が流れ始める。  その魔獣の名はヴィダー。ヴィダーは広範囲の音をその体に蓄積させ、そして再生することができる。イヴはそれをウィルフレッドの耳の中に潜ませていたのだ。人に危害を加えるほどに魔力をもっているわけではないためラズワードにもその存在は気付かれなかったらしい。イヴは静かにヴィダーの流す音に耳を傾ける。  そこに録音されていたのは、ウィルフレッドが決闘の後にレッドフォード家の面々と話している間の、ラズワードとハルの会話。そう、「恋人」となった二人の、お互いの幸せの気持ちに溢れた会話だった。  イヴは黙ってそれを聞きながら、徐々にその表情を曇らせてゆく。 「ラズワード……おまえがそんな幸せなんて手にする資格はないんだよ……! 俺はおまえを絶対に許さない」  ドス黒い憎悪の感情。ラズワードへの殺意がブクブクとイヴの中で茹だっている。ブチ、とヴィダーを握りつぶし、頭の中で反響する幸せそうなラズワードの声を掻き消した。そして、同時に浮かんだハルの声。  気付く。ラズワードの、幸せをつくったのは。 「ハル・ボイトラー・レッドフォード……おまえか……おまえさえいなければ、ラズワードは堕ちるんだ」  く、と吐き捨てるように、そして、狂ったように嗤う。 「……ああ、ハル。おまえ、邪魔だな」

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