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「……っ」
「偉いな、ちゃんと全部飲めた」
「……この、毒薬は……約5分で効果が現れはじめるんでしたっけ」
「ああ、よく覚えているじゃないか。……当たり前だが魔術で解毒しようだなんて思うなよ」
「……わかっています……せめて、浴室にいってもいいですか……シーツを汚したくない」
「ふむ……そうだな、弁償するのも面倒だ」
ノワールは立ち上がると、ジャケットとネクタイを外しベッドの上に放り投げた。そして、一歩、踏みだそうとする。しかし、その瞬間、強烈な目眩がノワールを襲った。ふらりと倒れそうになったノワールをバートラムは受けと止めると、にやにやと嘲笑いながらその髪を撫でてやる。
「連れて行ってやろう」
「……ありがとうございます……」
次第に息切れが激しくなっていき、大量の冷や汗が吹き出す。ぐったりとバートラムに身を預けながらも、ノワールはなんとか歩を進めた。
効力の発揮は5分後。しかし、それは一杯のドリンクに一滴のソレを混ぜた場合である。小瓶に入ったソレを丸々飲んだノワールにすぐに効力が現れるのは当たり前のことであった。
その足取りは重く、ノワールはバートラムにしがみつくようにして歩いていた。視界はぐにゃりと歪んで、今自分がどこを歩いているのかもわからない。ようやく浴室に辿り着くと、がくりと座り込み、バスタブの縁にしがみついた。
「――あ、……げほッ、う、」
そして、一気に血を吐いた。体内の血がすべて出てきているのではないかと思うくらいの大量の血をバスタブの中に吐き、まともに呼吸をすることともままならず、むせながら、喘ぐしかなかった。
「はは……苦しそうだな」
バートラムはそんなノワールの様子をみてせせら笑う。ノワールに合わせてしゃがみこみ、後ろから抱きすくめるようにして手を胸元に這わせると、シャツのボタンを外していった。
「あれくらいの量を飲めば普通は即死なのになぁ……はは、中途半端に生きているのも辛いだろうな?」
「は、ァ……げほ、ッ、ぁ、あ……」
「おまえは可愛い奴だよ、私の思うままの身体になってくれる」
「……ッ、ぅ、」
「無駄に聡いところが少し難点だがな……おまえは私の最高傑作さ、ノワール?」
ボタンを外し終えたところで、バートラムはシャワーヘッドをとって、ノワールの頭上にかざした。ノズルをまわせば、冷水が一気に吹き出てくる。冬も近い季節、暖房も届かない浴室のなかで冷水をかけられでもすれば、体温は急激に下がってゆく。呼吸ができない苦しさと、貧血と、その冷水のせいで、ノワールの肌は青白く染まっていった。
「なあ……そろそろ止めてやろうか?」
「……、」
「このままだとおまえ死んでしまうもんなぁ?」
バートラムはシャワーをとめてやると、立ち上がった。壁によりかかり、腕を組み、ノワールを見下ろす。
「さあ、ノワール……もう何度目だ。私に忠誠を誓え。おまえは永遠に私の奴隷だ、おまえに逆らう意思など許されない」
「……は、……ッ、」
「私の靴に口付けをして今度こそ本物の誓いを」
声が届いたのか届いていないのか、ノワールはバスタブにぐったりと寄りかかったままバートラムをちらりと見上げた。濡れた黒髪から覗く瞳は虚ろで、今にもそこに灯る光が消えてしまいそうだった。重い体をなんとか動かしてバートラムの足元に手をつく。髪の毛から伝う冷たい水と、口から零れる血がぽたぽたと落ちていき、床を濡らす。
「……バー、トラム、」
寒さと極限まで削れた体力のせいで、ガタガタと体が震えた。それでもノワールは、とうに感覚を失った指先でそっとバートラムの靴に触れる。
「……俺、は」
――逆らえない。
どんなに理不尽な命令でも、バートラムの言うことに、ノワールは逆らえなかった。今の彼の命令には何の意味もなく、ただ自分を辱め、彼が愉しむだけにやっているものだとわかっていても。バートラムは決して強力な力をもっているわけではない。殺そうとすればできないこともないのだが、それすらもできない。身体に染み付いた、バートラムへの恐怖と「何か」が、彼へ逆らうことを許してくれない。
屈辱を感じていないわけではない。彼へ憎悪の気持ちはあふれんばかりに抱いている。それなのにこうして彼の犬となって、奴隷となって、彼の人形になる。
「……一生、」
苦しさも相まって零れてきた涙を隠すように、ノワールは頭を下げた。バートラムの靴のつま先に、そっと唇で触れる。バートラムがぐっと足を唇に押し当ててきたために、口の中が切れて、また、血がでてきた。
「……貴方のモノであると、誓います……」
「――いい子だ」
ぜえぜえと息を荒げながら何とか誓いを吐いたノワールの目線に合わせて、バートラムはしゃがみこんだ。慈しむようにその濡れた髪を撫でてやると、顎を掴んで顔を持ち上げた。青白くなった肌は、水滴と、血で濡れている。虚ろな瞳には、ぼんやりと闇が灯っている。バートラムはそんなノワールの顔をみて何やらうっとりとした風に笑ってみせると、額に軽く口付けを落とした。
「……っ」
ノワールは一瞬、はっと目を見開く。しかしそれとほぼ同時に、体からふっと力がぬけて倒れこんだ。体力が尽きたのか、それとも。完全に意識を失った様子のノワールに、バートラムは満足気な表情をみせた。
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