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***  ラズワードは少し外の空気を吸おうと、ミオソティスと共に部屋をでて廊下を歩いていた。ふと前方から誰かがやってくるのが見えて、ラズワードはミオソティスの手をひいて僅かに右にずれる。近づいてきた彼に会釈をしようとしたところで……見覚えのある顔に思わず固まってしまった。 「あれ……おまえ」  相手もラズワードに気づいたようだ。屋敷のメイドに連れられて歩いてきた彼は――レヴィ=マクファーレン。以前ラズワードをマクファーレン家に誘ってきた男。恐らくレッドフォードの誰かと会合をしていて、彼が向かう先から用を足しに抜けてきたというところだろうが……あまり会いたくない相手に、ラズワードは表情を強ばらせた。強引な彼を、どこか苦手に思っていた。 「……お久しぶりです、レヴィ様」 「たしか、ラズワード……と、」  レヴィはちらりとラズワードの隣にいたミオソティスを見つめた。何やら意図を汲んだような眼差しにミオソティスは怯えて、ラズワードの後ろに隠れてしまう。 「……なに、ラズワード……おまえ、奴隷のことたぶらかしているわけ?」 「……違います。俺と彼女はそんな関係じゃ……」 「ふん……ならいい」  ラズワードはミオソティスを庇うようにしてレヴィを睨みつけた。面倒事を起こすつもりはないが、ミオソティスに手をあげられるわけにはいかない。  しかし、レヴィはそんなラズワードの敵意にまみれた視線を気にすることもなく、笑ってみせる。そして、目を細めて言った。 「ところで……この間の話、考えてくれた?」 ――俺と一緒にこい。  以前ははっきりと断ってやった。レヴィについてゆくということは、レッドフォード家を、つまりハルを裏切ることになるからだ。しかし、あのとき、少しだけ迷ってしまった。レヴィの元へゆけば、ノワールに打ち勝つ手段を得ることができる。自分では、それを知ることができない。 「……」  また、断ればいい。そう思うのに、ラズワードの口からはその言葉がでてこなかった。今、ラズワードの頭のなかは、ノワールでいっぱいだったから。彼を救うには? 彼を殺すには? そのことばかり考えてしまう。 「……あの、」 ――待て。自分で自分に、制止をかける。でも、強くなる術を知りたいという想いが止まらない。 「……俺は、レッドフォードの者です。それは、絶対に変わりません……でも、……貴方の話には、……興味、あります」 「――ラズワードさん!」  後ろから、ミオソティスがラズワードの手を掴んできた。ふ、と笑ったレヴィの表情に、危険を察したのだろう。それはだめだと、かたかたと震える手で、強く握りしめてくる。 「……おい」 「ひっ……」  ぐっとレヴィが近づいてきて、ミオソティスの手を掴む。ラズワードが慌ててレヴィをミオソティスから引き離そうとしたが、強く手で突かれて弾き飛ばされてしまった。レヴィは恐怖に震えるミオソティスに詰め寄り低い声で囁く。 「……なに、レッドフォードの男に入れ込んでんだよ。レッドフォードの奴には逆らえないくらい、ひどいことされたのか」 「ち、違います……! 私は、ラズワードさんのことをただ……優しくしてくれた、ラズワードさんが、辛そうなところをみたくないから……」 「……ミオソティスを離せ」  レヴィから目を逸らしながら必死に言葉を紡ぐミオソティスを奪うように、ラズワードは彼女の肩を抱く。ミオソティスは怖かった、そんな風にラズワードに寄り添ってきた。ラズワードはレヴィを睨みつけ、言う。 「彼女は関係ないです……レヴィ様、俺に、貴方の知っていることを教えてください、お願いします」 「ラズワードさん……!」 「……」  レヴィはラズワードとミオソティスを見比べるようにしてしばらく黙っていた。  しかしやがて、ふ、と意地悪そうに微笑む。警戒するようにレヴィの一挙一動を見守るラズワードは、それだけでぴくりと反応した。 「……いいぜ。今日の夕方……俺の屋敷まで一人で訪ねてこい。ご主人様には友人に会うから泊まってくるとでも行っておけ」 「……え、すぐ終わらないんですか」 「ああ、一日かけてみっちり教えてやるよ。その体に」  どうにも怪しさしか感じないレヴィの言葉に、ラズワードは疑いの眼差しを彼に向けた。しかし、レヴィはそんなラズワードの視線を交わして、背を向けてしまう。 「嫌ならいいんだぜ? 来なければいいだけの話だ」 「れ、レヴィ様……!」 「あと……」  レヴィは足を止めると、ちらりと振り向く。一瞬だけミオソティスをみつめたあと……「なんでもない」とつぶやくと、そのままメイドを連れて去って行ってしまった。

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