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天界の一大イベントであるマグニフィカトは、大きな盛り上がりをみせていた。著名人が多数参加していたり、ショーが開かれていたり。しかしやはり一番の山はレグルスなのだろう、皆、それを待ち遠しいという風に落ち着かない。
「体にどこか異変のあるところ、ありませんか? あればすぐに治癒します」
「いや、大丈夫。ありがとう」
ハルとラズワードは、ずっとレグルスの参加者の控室で待機していた。ラズワードは付き人として一緒にいるだけだが、ハルと同然に緊張していた。ハルが負ければ、ハルと別れなければいけないかもしれないから。
「はあ……大丈夫かな。レヴィは現役のハンターだろ……? 俺はもう、ずっとハンターとしては活動してないからなあ……だいぶ戦闘の腕は鈍っているし」
「俺と特訓してきたじゃないですか! 大丈夫ですよ!」
「だといいけど……」
「……ん?」
ハルが不安を吐露していると、控室のドアをノックする音が聞こえてくる。それに気付いたラズワードは立ち上がり、ドアまで近づいていった。誰か、激励にでもきたのだろうか……そう思ってドアを開けて――ラズワードは大げさなほどに飛び退いた。
「う、あ……!? えっ、ちょ……」
「失礼します、ハル様」
現れたのは――ノワールだった。
「レッドフォード家からレグルスに参加される方がでるとは……おめでとうございます」
仮面とローブを身につけたノワールは、つかつかと部屋の中に入ってきた。神族と交流の深いレッドフォード家から、天界の大きな催しであるレグルスに参加する者がいるということで挨拶にきたのだろう。マグニフィカトは天界で開かれるものだが、神族の者も訪れる。
激しく動揺するラズワードには目もくれずに、ノワールはハルのもとへ歩み寄る。用件が用件なのだからノワールがラズワードと話す必要性はないのだが、すっぱりと無視をされてラズワードは寂しさを感じてしまう。そして……寂しいと感じてしまった自分に、ラズワードは焦りを感じた。
「レッドフォード家からは随分と長い間レグルスにでる者はいませんでしたからね。私としても嬉しい限りです」
「いや……えっと、俺の功績ではないんですけどね」
「ええ……貴方の代理にハンターとして悪魔を狩っていた彼のおかげですよね。それでも、元々貴方は力を持っている方です、レグルスでも勝利をおさめると信じています」
彼、と言ったとき、ノワールはちらりとラズワードをみた。どき、と心臓が跳ねてしまって、ラズワードは思わず目をそらす。
「ラズワード」
「……ッ、は、はい……」
ふと、ノワールがラズワードの名を呼ぶ。二人でいる時とは違う、抑揚のないビジネス用の声。しかしそれでも、ラズワードの体温は一気にあがってゆく。
「ハル様のお役に立てているみたいだね、良かった」
「……はい」
ノワールはそれだけを言うと、再びハルに向き直る。……心臓が、激しく高鳴っている。今、ほんの少し会話をかわせただけで……腰が抜けてしまいそうになった。返事をするときだって、声がひっくり返ってしまいそうになった。おかしい……自分は、おかしい。
「それではハル様……私はこの辺で。私がずっとここにいても気を使わせてしまうでしょうから」
「いえ……そんなことはないですけど」
ハルはノワールのことを好いてはいなかったが、今は彼への嫌悪よりもレグルスへの緊張がまさっていた。嫌味を言う気力もない。
「そうだハル様……ひとつだけ、アドバイスといってもなんですが」
「アドバイス?」
「……勝利を確信したとしても……勝利が確定するまでは、決して気を抜いてはいけません」
「……はい」
す、とノワールが手をだしてくる。
このアドバイスを……なぜ、ノワールは今、わざわざ言ってきたのだろう。そう考えながら、ハルは差し出された手を握る。
「……では、ハル様。ご武運を」
握手を終えると、ノワールはハルに背を向けて出口まで歩き出した。
「……っ」
近づいてくる。ノワールが、自分のいるところまで。ラズワードはノワールが一歩足を進める度に、鼓動が激しくなってゆくのを感じた。大丈夫、きっとノワールは自分を無視してそのまま去ってゆく――
「――ラズワード」
「……っ、」
ノワールが立ち止まり、ラズワードはみつめた。仮面をかぶっているため、彼の表情がわからない。じゃあ今自分はどんな表情をしているだろう。目眩がするほどにくらくらとして、まっすぐに立っていることも難しい今の自分は……
「近々、おまえにやってもらいたいことがある。レッドフォードを通して連絡がいくと思うから、そのときはよろしく」
「え、……あ、はい……」
ノワールはそれだけを言って、出て行ってしまった。ラズワードはしばらく魂が抜かれたように呆然としていたが、はっと弾かれたようにハルの元へ駆け寄る。この動揺を、ハルに悟られたくない。そう思ってラズワードは、何事もなかったようにハルに話しかける。
「の、ノワール様から応援もいただいたことですし……がんばりましょう、ハル様! 勝てます、大丈夫です!」
あの仮面の下で、ノワールはどんな顔をしていたのだろう。あの時――自分を抱いた、あの時に見せた顔も声も手も……何もかも、今日のノワールは隠していた。ラズワードの身体をなぞった指先は手袋に、冷たいのに全身を熱くさせるあの声は機械のように仕事上の声に、意地悪に見つめてきたあの瞳は仮面の下に。それでも……すれ違ったときに仄かに香った彼の匂いだけは、あの時と同じだった。香水と、彼自身の匂いが混ざった独特の、色っぽい匂い。仕事の顔をして、全く色気がない格好をしているのに匂いだけはあの夜と同じ。それがかえって……
「……、」
ラズワードは元気付けるようにハルの手を握りながら……ずっと、あの夜のことを思い出していた。
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