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いよいよ、レグルスがはじまる。一般の観客の席に戻って舞台を見つめていたラズワードは、落ち着かない様子だった。ラズワードの周囲には、レッドフォード家の者たちが揃っている。ハルの勇姿をみようと、皆楽しみにしているようだ。
「ラズワードさん……大丈夫ですか?」
ラズワードの隣に座っているのは、ミオソティスだ。普段、こうした催しに奴隷であるミオソティスがくるということはないのだが、荷物持ちとして一緒に来ていたらしい。そわそわとするラズワードを心配そうに見つめている。
「大丈夫……ハル様が勝つって信じているから」
「……そうですね。私も、今日、悪いことは起こらない気がします」
「……そうなのか?」
「今日も……夢に、金の龍がでてきました。でも、なんだかその龍は、嬉しそうだった」
「へえ……」
金の龍といえばレヴィの扇に描いてあったものだ……なんて思って、ラズワードは苦笑いする。映像としてみているミオソティスには良い夢だったかもしれないが、金の龍をレヴィに重ねてみてしまっているラズワードとしては、嫌な予感にしか思えない。
「あ……始まりますよ!」
ミオソティスが声をあげる。同時に、他の観客たちも湧いた。司会者が登壇してきたのだ。
司会者は天界の有名人。彼が姿を表すと、皆歓声をあげだす。彼は挨拶を簡単にして、レグルスの開催を告げた。
そして、歓声はさらに賑やかになる。舞台の真ん中にやってきたのは――レグルスの主役、ハルとレヴィだ。注目を浴びることに慣れていないため居心地悪そうにしているハルと、威風堂々としているレヴィ。司会者はまずハルにマイクを向けて、「勝利したら欲しいものはあるか」という質問をする。そうすれば、ハルは困ったような表情をしながら言う。
「……えっと、欲しいものは……まだ決めていないです。でも、奪われるわけにもいかないので……負けません」
「ハルらしいっちゃあハルらしいな……」
それを聞いていたレッドフォードの者達は苦笑いだ。元々温厚な性格のハルは、こういう場には向いていない。血の気が多い者が選手となることの多いレグルスでは少し異質の存在だ。どこか遠慮がちなハルの宣言に、ハルを知る者は彼らしいと笑う。しかし、観客の盛り上がりは一層増してゆく。津波のような歓声にハルは辟易とした様子でいた。
次に司会者はレヴィにマイクを向けた。同じ質問をしてみれば、レヴィは司会者からマイクを奪い取って、自信満々、言う。
「勝つのは俺、レッドフォードから奪いたいのは――ある、人間だ」
「……!」
レヴィの発言に、ハルは目を見開く。やはり――レヴィの狙いはラズワード。固まるハルに、レヴィはにやにやと笑いながらにじり寄った。そして、周りには聞こえないような声でハルに言う。
「もっとやる気だせよレッドフォード……念願の、俺とおまえの決闘だ」
「念願……?」
「俺はここでおまえらから何もかもを奪い返す。俺はなあ、レッドフォードが憎くてたまらない。おまえらが負けて失うのは、なにも俺が景品として欲しがったものだけじゃない。俺におまえが負ければ……レッドフォードの家紋には傷がつくだろうなあ」
「……なんなんだ、おまえは」
「本気で殺り合おうって言ってんだよ。……おまえが負ければ、おまえの大切な従者はおまえをどう思うかな。俺に鞍替えするかも」
「……そんなこと、ありえない」
「ありえない? はは……敗者は何もかもを奪われる。あいつ……ラズワードも、……そうだ、おまえが負けたら、俺があいつを抱いてやろう」
「……ッ」
二人の会話は、誰にも聞こえなかった。しかし、それを見ていたラズワードは、ぎょっと顔を引き攣らせる。ハルの表情が変わった。怒りに満ちた、初めてみる顔だ。
「……ラズを、なんだって……?」
ハルはレヴィからマイクを奪い取った。じろ、とレヴィを睨みつけると、こう宣言する。
「……気が変わりました。欲しいもの……俺が勝ったら欲しいのは……こいつの、首です」
「……は、ハル様」
わっ、と会場が一気に湧いた。今まで低姿勢だったハルの攻撃的な発言に、皆興奮したらしい。動揺するラズワードとは裏腹に、皆楽しそうに騒ぎ立てた。
『それでは――試合を始めましょう!』
マイクをとった司会者がそう言うと、ハルとレヴィが位置につく。それぞれの武器を、構えた。ハルはスピア、――そしてレヴィの武器は剣のようだ。
「ら、ラズワードさん……!」
「ん?」
「あれは……本当に、殺し合いをするのですか……?」
試合の始まりが近づいて、ミオソティスが不安げにラズワードに尋ねる。あまり血をみるのが好きではないのだろう。
「いや、本当の殺し合いなんてしない」
ミオソティスを安心させるように、ラズワードはぽんぽんと彼女の頭を撫でる。
実際のところ、レグルスは殺し合いではない。選手は左胸に、薔薇の造花をつける。先にすべての花弁を散らせたほうが敗者となる。花弁を散らせるまでにはいくら相手を攻撃をしても良いが、祭りの場で残虐な行為をはたらくことはよしとされていないため、標的はほぼ薔薇に絞って攻撃することとなる。心臓に近い位置にある薔薇を、いかに相手を傷つけないで散らすか――それが、ハンターとしての腕のみせどころだ。
『では、このフーターの鳴き声と共に、試合を開始します!』
司会者が、鳥の魔物を傍らにおく。ラズワードが以前ハルの従者になる権利を賭けた戦いをしたときにも使われた、大きな声をだすことのできる鳥だ。ハルとレヴィは、先手をとるために――フーターに全神経を集中させる。
「……」
フーターが羽ばたく――そして、鳴いた。
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