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「おっけー」
駆け寄ってきた司会者に返事をすると、レヴィはハルを横切って歩き出した。ハルは慌てて視線でレヴィを追う。レヴィは観客席に向かって歩いていた。その方向は、間違いなくレッドフォードの者たちがいるところ。
「……っ、」
レヴィは迷いなく歩いて――ラズワードの前まで来た。ラズワードは全身の血が引いていくような絶望に苛まれる。このレグルスで求められたものは、どんなものでも絶対に差し出さなければいけない。レヴィは過去に、マクファーレンの当主になる権利というとんでもないものまで奪っている。従者、なんて言われても断ることは不可能。
顔を青ざめさせるラズワード、そして、レヴィの後ろから駆けてくるハル。
「ま、待ってくれ……ラズだけは……!」
レヴィにハルの声は聞こえていないようだ。にっこりと笑って、言う。
「俺がレッドフォードから奪うのは、こいつで」
「え……?」
ラズワードはぽかんと口を開ける。そして、レヴィの指す先にゆっくりと視線を動かす。
「え、……間違いじゃないですか?」
「いや、おまえだよ、ミオソティス」
――レヴィが指したのは、ラズワードの隣に座っていた、ミオソティスだった。誰もが予想していなかったことで、その場にいる者は固まってしまう。
「え……な、なんで……っていうのも変、ですけど」
「ミオソティス、俺の幼馴染なんだよ」
「……え、ええ!?」
ラズワードが驚いている隣で、ミオソティスは呆然としていた。当然だが、まさか自分が指名されるとは思っていなかったのだ。そして幼馴染と言われても、ミオソティスにはその記憶がない。
「物心ついたころに、神族に施設に連れていかれちまった。どこに売られたのかと思ったら……おまえら、レッドフォードが買っていたんだ」
レヴィがミオソティスの手をとった。びくりとミオソティスは震える。そのまま引き寄せられて、ミオソティスは立ち上がりふらりとレヴィのもとに倒れこんだ。
「み、ミオソティス…」
「金の龍……」
「え、」
ラズワードが呼びかけると、ミオソティスがぼそりと呟く。最近になってずっと彼女が言っていた言葉。
「金の龍?」
レヴィは心当たりがあるという風に、おうむ返し。風姫を取り出すと、絵が見えるように開いてミオソティスに見せてやる。
「これのことか?」
「あ……これ、この龍……」
「この扇の絵付けしたの、おまえだからな」
「私……?」
ミオソティスはレヴィの風姫をまじまじと見つめている。どこかその目はきらきらと輝いているようにも見えた。それをみて、ラズワードは前にミオソティスが言っていたことを思い出す。「色が好き」なのだと、その言葉を。風姫の龍を描いたのは染師だ、とレヴィが言っていたということは――ミオソティスは、奴隷として施設にいく前は染師だったということだ。
ああ、なるほど。色が好き、というのはそういうことか。ラズワードは勝手に納得してしまう。
「……レヴィ様」
「あ?」
ミオソティスを連れて行こうとするレヴィを、ラズワードは呼び止めた。返さねえぞ、そんな風に睨まれて思わずラズワードは足がすくんでしまう。
「……貴方が、神族を憎んでいるのは……もしかして、ミオソティスを奪ったから……」
「そうだけど」
「あの、神族たちに……一人の女性を奪われただけで、それだけの理由で立ち向かうつもりですか」
「――そのために強くなった」
レヴィはレッドフォード家の者たちを一瞥すると、再び歩き出した。レッドフォード家を憎んでいたのも、ミオソティスを所有し、奴隷として扱っていたから。今のレヴィの言葉で、ラズワードはそれを感じ取ってしまう。
「なあ、レッドフォード」
「……、」
すれ違いざま、呆然と立ちすくむハルに、レヴィは問う。
「おまえ、もしかして、ラズワードを奪われるって勘違いしていた?」
「……う」
「……ラズワードは、たしかにすっごい欲しいんだよね。戦力として。神族を討つ気持ちも持っているし。……まあ、それは置いておいて、なんでそんなにラズワードを奪われることを拒んだわけ?」
「は?」
「……あいつ、水の天使だろ。奴隷だったはずだ。それを、従者として側において……そしてあんなに執着して。なんで?」
「……なんでって……愛しているからだけど」
「……愛?」
レヴィがすっと目を細めた。そして物珍しそうにハルを見つめる。
「……へえ、らしくねえな」
「は?」
「レッドフォード家の人間のくせに、あんまり水の天使とか、そういうことに興味ないんだねえ、へえ……」
レヴィの言いたいことがわからず、ハルが顔をしかめていると、レヴィはにっと笑った。そして、ぽん、と肩に手を乗せる。
「……俺と一緒に神族とやりあう気はない?」
「――ッ」
「考えとけよ、ハル。おまえのこと嫌いじゃねえよ」
誰にも聞こえない声での、二人のやりとりが終わったところで、レグルスは終わりを迎えた。盛大な拍手が巻き起こり、会場は歓声に包まれる。
ハルは、頭が真っ白になっていた。元々勝ち負け自体には興味もないうえ、プライドもないため負けたことを悔しいとはあまり思っていない。ラズワードを奪われることもなかった。最後にレヴィに言われたことだけが――ずっと、頭のなかに響いていた。
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