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ある日、いつものように父親とミオソティスの家に来ていたレヴィは、ミオソティスがいないことに気付いて屋敷のなかを探しまわった。いつもなら、レヴィが来ればあちらから嫌な顔をしながらもでてきてくれるのに。
しばらく探しまわっていると、ミオソティスが外にいるのを発見した。屋敷の庭の、大きな木に寄りかかって絵を描いている。
「あ、そんなところにいたのかよ。俺様がきたんだから出迎えろよな~」
レヴィが何の気なしに彼女に近づいて、絵をのぞき込むと――そこには、異様なものが描かれていた。びっくりしてしまって、レヴィはミオソティスに問う。
「……それ、なに?」
「……空」
「え、空ってそんなんだっけ」
そこにあったのは、鉛筆でぐちゃぐちゃの線が渦を巻いている、とてもじゃないが「絵」とは呼べないもの。いつもは鮮やかな色使いでレヴィの目を奪うはずのミオソティスの絵は……はっきりいって酷いものになっていた。
「……私には、こう見えるの」
「……絵の具切れたとか?」
「ちがう、この色に見えるの!」
「……空って青だけど……それ、黒じゃん」
「……なにもかも、真っ黒にしか見えないの!」
叫んだ瞬間、ミオソティスは絵をびりびりに破いて泣きだしてしまった。レヴィは困ってしまって、おろおろと辺りを見渡す。もちろん人なんて庭にはいなくて、彼女を慰めてあげられるのは、自分しかいない。
「穢い、世界は、穢い、みんな穢い、真っ黒、真っ黒なの!」
「ちょ、ちょっと待てって、なに、どうしたの、え?」
「私! 施設に売り飛ばされるんだって!」
「……施設?」
ミオソティスはそう言って、レヴィから逃げるように屋敷の中へ戻っていってしまった。結局、慰めることも、何もできなかった。
「……施設ってなんだ?」
ミオソティスの言っていた「施設」という言葉が意味するものを知らないレヴィは、なぜミオソティスがあんなに絶望していたのか、理解できなかった。残された、先程までミオソティスの描いていたもの。抜けるように青い今日の空を、こんなにも彼女は醜く見えるのだという。
「……変なの」
よく、わからなかった。でも――せめて、彼女の涙を止めてあげたかった。そう思った。
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