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 寝室に入り、トランクケースを置く。ラズワードは心の内を顔に出さないように、何食わぬ顔を繕って、ハルの上着を脱がせてやった。ハルの上着と、それから自分の上着、それらをクローゼットの中にしまう。背中に浴びるハルの視線に、指先が震えた。 「――ラズ」 「はい、――あっ、」  クローゼットを閉じた瞬間。  ハルが、後ろからラズワードを抱きしめた。 (ま、って……はやい、……まだ、心の準備が……)  どうすればいい。  ラズワードは固まってしまう。  いつもならば、頬を彼に摺り寄せただろう。振り向いてキスをしただろう。けれど――今の、こんな状態の自分がそんなことをすれば、ハルを侮辱することになる。 「は、ハルさま……放して、ください……俺、……」 「――違う人のことが、好きになっちゃった?」 「……ッ、」  まだ、ハルに本当のことを言う勇気がない。迷うラズワードにハルがかけたのは、あまりにも率直な言葉。思わずラズワードは振り返ってハルを凝視してしまう。 「ち、違……」 「ふうん?」 「あ、……」  ――嘘を、ついたのか、俺は。  ハルの言葉に咄嗟に「違う」と返してしまったラズワードは、後悔の念に胸が押しつぶされそうになる。  「違う人のことを好きになった」――「違う」のはたしかだが、「そのとおりだ」というのもたしかだ。ハルのことは変わらず愛しているが、それを凌駕する感情が、別の男に向いてしまった。いくらハルを愛していようと、違う男に意識が向いているのが事実な以上「違う」という言葉は嘘になってしまう。ラズワードはハルに嘘をついてしまったことに、激しい罪悪感を覚えたのだ。  そんなラズワードにハルが見せた表情は、どこか、切なげなもの。ラズワードの言葉が嘘だと、瞬時に見抜いたからであろう。それがわかってしまったラズワードは自分を責めるあまり、泣きそうになってしまった。 「……ねえ、ラズ」 「は、はい……」 「……頼みがあるんだ」 「……たの、み……?」  ハルはラズワードを振り向かせると、瞳を震わせながら微笑んだ。  膝から崩れ落ちそうになるくらいに、哀しくなった。 「この旅行をしている間だけ――俺を、君の一番にしてほしい」 「……っ、」  ――許されるなら、ここで今死んでしまいたい。  ハルが自分を旅行に誘った意図をここで把握したラズワードは、とうとう涙を流してしまった。  ハルは、最後にラズワードと思い出を作りたかったのだ。二人で、恋人としての、最後の思い出を。   「は、ハル様……!」 「ラズ」 「ま、待って……ハル様……」  ハルがラズワードの手を引いて、ベッドまで歩いてゆく。ラズワードが制止の言葉をかけても、止まることはない。  なぜ、恨むこともなく、悲しむこともなく。ここまで自分を愛してくれるのだろう。彼ほどの人を、なぜ自分は傷つけているのだろう。  彼が抱きたいというのなら、抱かれたい。けれど、このセックスが彼の心を著しく傷つける行為となるなんて目にみえていること。それが、ラズワードはどうしても受け入れられなかった。そんな中途半端な想いは、ただの自分のエゴだとわかっていても。 「あっ……」  しかし、僅かな抵抗は跳ねのけられて、ラズワードはハルに押し倒されてしまった。  もっと、抵抗しなければ。今の自分が、彼に抱かれるわけにはいかない。 「は、ハルさま……だめ、です……」 「ラズ……お願い」 「で、でも……あっ……!」  ラズワードは震える唇で、懇願する。しかし、ハルは止まる気なんてなかった。  両手を、ラズワードのシャツのなかへ差し入れて、ゆっくりと胸まで撫で上げてゆく。シャツも一緒にめくれあがっていき……あっという間にラズワードは胸まで露出させられてしまった。 「いや、……ハルさま……」 「本当に嫌なら、突き飛ばしてよ」 「……っ、い、いやじゃない、いやじゃないけど、いやです……ハルさま、……あぁっ……」  ハルがゆっくりと、ラズワードの全身を大きな手のひらで撫で始める。  久々に素肌に触れられて、ラズワードはあまりの気持ちよさに眩暈を覚えた。ずっとずっと、好きな人。愛している人。そんな彼に、久々に触れられた。ラズワードは抵抗しなければと必死に頭の中で唱えながら……甘い声をあげてしまっていた。 「だめ、……あぁ、あっ……さわらないで、……おねがい、ハルさま……あぁ……感じちゃう、から……おねがい、……します……あぁ……」 「ラズ……感じちゃうんでしょ? 素直になって。だめなんて言わないで」 「やだ、……やだ、……俺、……これ以上、ハルさまのこと……傷つけたくな、」 「……ラズ。まだ、俺のことを好きな気持ちは残っているよね。今はそれだけでいいから。あとのことは、考えなくていいから……お願い、俺に抱かれて」  するすると服を脱がされて、ラズワードはあっさりと全裸にさせられてしまった。もっと触れられたい、という本心に抗えなかった。いやいやと言葉にしても、どんなにハルを拒絶しようとしても……体が、ハルを求めている。彼に愛された記憶は、体も心も支配する。 「ぁんっ……はるさま、……だめぇ……」 「ラズ……泣かないで」 「あっ……あんっ……やぁ、やだ、……感じちゃう、ハルさま、……ぁんっ……ごめんなさい、……ハルさまのこと、裏切ったのに、……あぁ、ぁっ……ハルさまに触られて、感じちゃう、ごめんなさい、ハルさまのこと、好きで……ごめんなさい……あっあっ……」  ハルがラズワードの気持ちいいところを集中的に責め上げる。乳首を根元から摘まみくりくりとこねあげて、とろとろになった蜜壺に二本の指を挿れて前立腺を押し上げる。イキそうになったら焦らし、落ち着いてきたらまた勢いをつけて、じわじわ、じわじわとラズワードを追い詰める。 「俺に触られると感じちゃうんだよね、ラズ」 「かんじちゃう、かんじちゃいます……ごめんなさい、あぁっ、……あっ、だめっ……いっ、いくっ……そこだめ……っ……」 「俺のこと好きだから……感じちゃうんだよね、ラズ」 「はい、……俺、ハルさまのこと、……好き、……あっ……好きです、……好き……あっ、あっ……やぁ……」 「……よかった……もっと、可愛いところみせて。ラズ……俺のわがまま、きいて」  ハルがラズワードのなかを弄る速度をあげる。ぴちゃぴちゃと激しい水音と共に、ラズワードの腰がびくびくと跳ねあがった。「いっちゃう」「いっちゃう」と首を振りながら、ラズワードは口で抵抗したが―― 「はるさまぁっ――……」  抗うことなんかできるわけもなく、ラズワードは潮を吹き上げながら絶頂に昇りつめた。 「あっ……あぁ……イッちゃ……イッちゃ、……た……ごめんなさい、……はるさま……ごめんなさい……」 「ううん。イッてくれて嬉しいよ、ラズ。……泣かないでってば、……ラズ」  ハルが小さく震えるラズワードに覆いかぶさり、ぎゅっと抱きしめた。ラズワードはぼろぼろと大粒の涙を流しながら、「ごめんなさい」を繰り返す。ハルを裏切りながらもハルをまだ好きでいる自分が浅ましくて、悍ましくて、ただ謝ることしかできなかった。 「……前に言ったよね。どんなラズのことも、好きだって。ラズが他の人のことが好きでも、俺はラズのことが好き。だから……泣かないでよ。謝らないで。俺こそごめんね……わがまま言って、ごめん」 「ハルさまはっ……、何も、悪くない、……俺が、……俺が全部、……俺が……」 「……ラズ。一週間だけ、全部忘れて……ただの恋人になろう。泣かないで、……ラズ」  ラズワードは嗚咽をあげながら、ハルの背を掻き抱いた。  ああ、ずっとこうしていたい。  ハルの体温を感じて、全身が、心が、多幸感に満ち溢れる。どこで自分は狂ってしまったのだろう。どうしてこんなにも自分自身がわからないのだろう。  唇を重ねる。  彼とのキスは、どう足掻いても――世界一、暖かい。

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