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3 みんなでごはん

「どう? たーじ、オムライス、おいしい?」 「うん! ちーずいっぱいでおいしい!」 「たーじがチーズ好きだからさ、いっぱい入れたんだよ。たくさん食べろよっ」 「は〜い」  オムライスを黙々と口に運ぶ俺の目の前で、智くんと達二が楽しそうに話している。叔父と甥という関係だが、智くんはまだ大学二年生だし、楽しそうに笑い合う姿を見ていると、年の離れた兄弟に見える。  同居前から、智くんは達二を可愛がっていたと律から聞いていたが、この一年でそれがよく分かった。  俺に代わって達二の保育園の送り迎えを担当してくれているし、休日も達二とよく一緒に出かけている。友達付き合いや恋人とのデートを優先しても良さそうな年頃なのに、甥っ子と一緒に行動したがるのは、姉が亡くなったことへのショックが尾を引いているからかもしれない。  達二の面倒を見てくれるだけでなく、家事全てを担当してくれていることも非常にありがたいことだ。  いつもありがとう。でも、たまには自分の時間を持ってもいいんじゃないか。  本当は毎日でも、その言葉を伝えたい。  だが、 「あの、智く」 「あ! たーじ、口元真っ赤っかだぞ!」 「んー?」 「ほら、こっち向いて。綺麗にするから」  智くんが苦笑しながら、達二のケチャップだらけになった口元を拭き取る。きょとん、とした達二の視線は俺に向けられていて、 「パパ?」 「ん? 太一さん、何か言った?」  達二につられるようにこっちを向いた智くんが、不思議そうに首を傾ける。  二人の視線を受けて、俺は喉元に引っ掛かっていた智くんへの言葉をそっと腹の底に押し込めた。  いつもこうだ。智くんに視線を向けられると、俺は言いたいことが言えなくなってしまう。 「オムライス、おいしいな、と言ったんだ。さすがだな」 「ねーちゃんのオムライスには到底敵わないけどねー」 「たーじ、とーくんのおもらいす、すきだよ。ちーずだから」 「俺も好きだよ、たーじ! お前はも〜、ほんっとに可愛い! 大好き!」  がばっと智くんに抱きつかれた達二は、えへへ、と照れたように笑う。    一緒に住むようになって、達二経由で見るようになった智くんの笑顔。  律が言っていた通り、智くんの笑顔は太陽のように明るくて、見ているだけで元気になれる。  だが、同時に、俺は一度しか見たことがない智くんの泣き顔を思い浮かべてしまう。  あれから、智くんが俺や達二の前でなく姿を見せることはない。  それどころか、初対面で見せた怒りの表情も見ない。  智くんが見せてくれるのは、達二に対する笑顔か、俺に対する戸惑いの表情だけで。  俺は、智くんの表情をもっと見てみたい。  よく見せてくれる笑顔も、達二経由ではなく、俺自身が引き出してみたい。  たくさん、話したいことだってある。律のこと、達二のこと、智くん自身のこと。  だから、俺はもっと彼に近づきたいんだ。  そう思う度、俺の中でこんな囁きが聞こえてくるのだ。 ――『いや、今の距離を、縮めてはいけない』。    智くんの泣き顔を初めて見た時、俺は自分でもよく分からない熱い感情が腹の底からわき上がってくるのを感じた。それは一年経っても、まだ俺の腹の底で息をひそめている。  その熱い感情の名を、俺は知っている。亡き妻、律に対しても同じ感情を抱いていたから。  最近は、智くんの笑顔を見るだけで、ソイツが顔を出そうとする。  だから、迂闊に智くんに近づいてはいけないのだ。必要以上に近づいて、彼のことを知ってしまったら――俺はソイツに飲み込まれてしまう。  そうなったら今度こそ、智くんは俺に対して完全に心を閉ざすに違いない。  律を亡くしてまだ一年なのに、その弟に対してそんな気持ち、抱くなんてどうかしてる。  今の距離のままでいい。  俺に対してよそよそしくても、達二を律の分まで愛してくれていればそれでいいんだ。     「パパ!」 「ん?」 「たーじ、パパもすき。  ね、とーくんも、パパすき?」  何を思ったのか、達二がいきなりそんなことを言い出した。  ぎこちなく智くんの顔を見てみると、彼はうん、と明るい笑顔で頷いて、 「もちろん、たーじのパパだからな」  と、答えた。  ただし、その視線は達二に向けられたままだったが。

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