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第35話

「そう言うな。お袋さんの愛情が籠った一品じゃないか。そうだ、卵焼きと交換するか?」 「はい」 気になっていた先輩のだし巻き玉子。 息子のために早起きして作られただし巻き玉子が、俺の夕飯の残りと交換されるとは先輩のお母さんもお気の毒様だ。 けど、それにしても美味そう。 先輩はにこりと微笑んで箸で卵を摘まむ。 箸がぐっと卵に食い込んで、見ただけでも柔らかくふわふわした食感だろうと想像できた。 口の中で唾液が湧いてだし巻き玉子を待ち受ける。 「ほら、口を開けて」 「え」 「これ柔らかいから早くしないと箸から落ちる」 「あぁっ、はいっ」 口を開けろと急かされて、俺は慌てて口を大きくぱかっと開き遠慮もなしにぱくりとかぶりついた。 その途端、じゅわ……とお出汁の旨味と卵の甘い香りが口いっぱいに広がった。 「う、うめぇ~っ!」 飲み込むのがもったいないとばかりに、これでもかと咀嚼し味を噛み締めた。 「そうか。よかった」 先輩は俺を見てにこにこしている。 その笑顔は野性動物の餌付けに成功し、喜んでいるようにも見える。 多分俺自身がΩという珍獣扱いされてるんじゃないかって疑心暗鬼になってるんだ。 花村先輩はそんな人じゃないんだろうけど。 「あ、先輩もどうぞ」 先輩がそうしてくれたように俺も自分の箸で一番大きいであろう唐揚げを一つ摘まみ、反対の手で受け皿を作って先輩の口元まで運んだ。 先輩は一瞬きょとんとした表情を見せたが、少し困ったように笑って口を開けた。 あ……なんかちょっと可愛いかも……。 イメージとは違う可愛らしい表情に一瞬きゅんとしてしまった。 俺は先輩の口に唐揚げを遠慮がちに突っ込みながら先輩のすっと筋の通った男らしい鼻や、程よく厚みのある唇を眺めていた。 どうしてこうも同じ男である自分とは違うのだろう。 顔のパーツ一つをとっても、自分にはない男臭さと色っぽさがある。 泰士もキレイな顔をして手足も長くて、何度羨ましいと思ったか知れないけれど、男らしい花村先輩のビジュアルも物凄く羨ましい。 「うん……ニンニクが効いていて美味い。うちとは違うが醤油ベースの味付けは一緒だ。昨夜の残り物とは思えないくらい美味い」 「そうですか。よかった」 舌が肥えている先輩からお誉めの言葉をもらえたということは、うちの唐揚げも悪くないのかもとにんまりしてしまった。 この日は互いのことを話しながら健全に弁当を食べて昼休みを一緒に過ごした。 生徒会は8月の夏休みで新生徒会へ仕事を引き継ぎし、その後3年生は受験勉強一色になるらしい。 それまでは生徒会に学業など、学生としての本文を全うすることに忙しいということだった。

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