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「――お疲れ様です、契さま」
「ん。今日も授業簡単すぎて眠かったー、この学校レベル低すぎ」
学校が終わると、門の前に高級車で迎えがくる。それはそれは目立つのだが、これもまた宝来学園の日常と化していた。
契が車の前まで来ると、運転席から降りてくる青年。燕尾服の似合う、背の高い彼は――
「氷高 ~、なんか甘いものが食べたい」
「名須川シェフが契さまにケーキをご用意しております」
氷高 悠唯 。鳴宮家の執事である。
氷高はまだ若く、それでいながら鳴宮家の執事長という役職についている。というのも、氷高は幼いころから家族の付き合いの関係で鳴宮家と関わっており、そして15歳で正式に執事として働き始めた。鳴宮家のことを誰よりも知っているのだ。
「あ、っていうかさ、氷高。今日って夜まで父さんと母さんいないよね」
「いらっしゃいませんが……なぜ?」
「いや……えーと」
そんな氷高には、契も信頼を寄せていた。何かを相談するときも、親に話す前にまずは氷高に話す。
「……こっそり、みたいものが……」
「こっそり?」
「い、いやー、その、」
歳も近く、穏やかな性格。他の人には打ち明けられないような秘密でも、契は氷高に言っていた。しかし今日の相談は、いつもよりも言いづらいことらしい。車窓から外をきょろきょろと確認して(マジックミラーになっているため外から車内の様子は見えないのだが)、すっと氷高と距離を詰めて……かばんを開く。契の顔が、紅い。
「……これは」
かばんの中に入っていたのは、所謂AVと呼ばれるものだった。裸の女性の写真のパッケージが、かばんの中で異彩を放っている。
「く、クラスメイトが! 俺に!」
「……なぜこんな、」
「いや……俺が、ネットとか雑誌とか、そういうの自由に見せてもらえないんだってクラスメイトに言ったら、「じゃあエロいのとか見ないの?」って言われて……それで、なんか……これ、押し付けられて……」
――契の親は、厳しい。契は今時の高校生にしては珍しいくらいの箱入りだった。スマホにはフィルタリングがかかっていて、家にあるパソコンは自由に触らせてもらえない。買ったものはチェックされるためアダルトな雑誌なんて買えるわけがない。だから、性知識は精々保健体育の授業で得たものと、時々クラスメイトが話している下ネタ程度。クラスメイトの話にギリギリ合わせることはできるが、ほとんど理解することができない――そんな調子なのである。
だから、契は「そういうこと」に少しだけ興味を持っていた。「そういうこと」は強い関心をもってしまうと下品な目で見られるとわかっている、だから表にはださないけれど、でも気になるものはしょうがない。正直に「AVは見たことがないけれど、どういうものか気になる」と一番話すクラスメイトに告白して渡されたのが、このAVというわけだ。
しかし――氷高はあまりいい顔をしなかった。うーん、と眉を潜めてAVのパッケージを眺めている。
「……こういうものを見た所で、契さまには悪影響しかないと思いますが……」
なんとなく――予想していた通りの言葉が、氷高から打ち出された。氷高は優しいが、少し堅い男だ。見た目もかっちりしているし、口調もかっちりしている。俗なことに興味をもった契を咎めるというのは、想像できた。
がっかりしてしまって、契はため息をつく。氷高に反対されてまでこのAVを見るつもりにはなれない。というより、そこまでしてAVをみたいのだと思われるのが、恥ずかしい。氷高ならば理解してくれるのではないかと思ったが……やっぱり上手くはいかないようだ、と契は諦めて肩を落としたのだった。素直に食い下がって、かばんのファスナーを閉める。
――が、氷高の口から出てきた言葉は、思ったものとは違かった。
「そういうものは実際にやってみないと、変な知識ばかりついていざとなった時にうまくいかないものですよ。私が、実際に教えて差し上げます、契さま」
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