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「契、さま」
「……ほ、ほら! これでいいんだろ!」
「……ええ、そう、ですけど……」
唇をはなして、顔を真っ赤にしている契。彼は照れ隠しのように騒いでいるが、氷高は顔色ひとつ変えなかった。そう、キスをされる直前の、驚きの顔のまま、なにひとつ。目を丸くして、呆然と惚けている。
「おい、氷高! 何か言えって! おまえの言うとおりにしたんだけど!?」
「あっ、はい……えーと……」
せっかくキスをしたのにほとんど反応のない氷高に、契は不満げに文句を言っている。氷高はそんな契に何か気の利いたことを言ってやらねばと思ったのに……それができなかった。
だって。
『俺のことだけ見てろ』って。べつにそういった台詞をオプションでつけろなんて一言も言わなかったのに言ってくるなんて、それはつまり……契の本心であるというわけで。本人は全くの無自覚であろうが、すさまじい独占欲の表れだと言ってもいいだろう。
そんな無自覚で強烈な独占欲を不意打ちでぶつけられて、氷高はどうしたらいいのかわからなくなっていたのだ。
「えっと、……俺は、……契さまのことしか見ていませんし、」
「? き、キス……の感想は?」
「貴方と出逢ったときから、俺は貴方のこと以外見えていなくて、」
「いや、だから今の俺のキスはどうだったのって聞いてんだけど?」
「せ、契さま!」
「はっ、はい!?」
キスはもちろん、それはもちろん最高だったが。氷高は契に向けられた独占欲がなによりも嬉しくて、軽いパニックに陥っていた。契とまともな会話もできないまま、衝動のままに契の腰をぐっと抱き寄せる。そしてそのまま、ぎょっと目を瞠らせた契の後頭部を掴み――噛みつくようにして唇を奪ってしまった。
「んっ……んー!?」
強引で、ちょっぴり乱暴なキス。体験したことのないそれに、契はびっくりしてしまった。キス自体に驚いたのはもちろん、氷高がそういった行動をしてきたということになによりも驚いてしまったのである。だって氷高は、品行方正で、たしかに契の前では少し(かなり)変態ではあるが、物腰が柔らかく上品だ。こんな……言ってしまえば獣のような、欲求宇丸出しのキスをしてくるなんて、誰が想像できるだろうか。
「ばっ……ば、ばかっ……やめろっ……!」
食われてしまいそうな勢いに、契はたまらず氷高を突き飛ばす。しかし氷高は怖じ気付くことはなく再び契に迫り、ぐいぐいと契の肩を掴んでベッドになだれ込んでいった。
「なっ、ひ、氷高……!? お、おちつけって、……ちょっと……!」
「契さま」
「なっ……なんだよっ……」
「キスをしてもいいですか」
「えっ、聞くの遅くね!?」
契を押し倒し、じっと見下ろす氷高。はーはーと息が乱れていて、その顔に余裕はない。
乱暴なキスには、驚いた。恐いとすらも思ったかもしれない。でも。この、氷高の表情に、契は正体不明の高揚感を覚えていた。
「……もう、耐えるのが……苦しい」
「氷高、」
「ずるいですよ、契さま。そんなに俺を、煽らないで」
「お、俺……なにもしてないじゃん……!」
――あの氷高が。俺を相手にすると、こうなってしまうのか。
強烈な熱視線が、彼のなかで暴れ狂う劣情を顕わにしている。彼の乱れた呼吸、切なげに寄せられた眉、微かにふるえる唇。初めて見た彼の余裕のない表情に、契の心臓がバクバクと高鳴った。
「……、ずるいのは、おまえだよ、氷高」
「え……?」
「……そんな顔をされたら……断れない」
「……っ、」
この先を許したら、氷高はどんな表情をするだろう。もっともっと、本当の彼を剥きだしにするのだろうか。
みてみたい。
俺だけに狂っている、彼が見てみたい。
「……本当は、優しくお教えするつもりだったんです」
「な、なにを……?」
「大人の、キスです。……でも」
氷高が契との距離を詰める。右手を重ね、指を絡め。左手は契の後頭部を掴み。息のかかる距離まで近付いて。
「……ごめんなさい、優しくはできそうにありません」
囁く。
それと同時に――氷高は、契と唇を重ねた。
契は静かに目を閉じて、氷高のキスを受け入れる。
してもいいと言ったのは、自分だ。ここで抵抗なんてするわけにもいかない……そんなことを考えて、契は恥ずかしくて頭がおかしくなりそうになるのを堪えた。キスは、慣れていないのだ。恥ずかしいし、息の仕方がわからなくて苦しいし、何より頭がぼーっとしてきて自分が自分じゃなくなりそうで恐くなる。だから、こうして氷高にキスをされるのも、慣れない。
「んっ……!?」
しばらく、角度を変えながら触れるだけのキスを繰り返していた。しかし。突然、ぺろりと唇をなめられて、契はぎょっとしてしまう。
「ちょっ……ちょっと、氷高! キス、するんだろ! なに変なことしてんだよ!」
「キスですよ。ディープキスをしようと思ったのです」
「……ディープ、キス……? ってなに?」
「キスをするのは嫌じゃないよ」とでも言ってるかのような契の言葉ににやけそうになるのを堪えて、氷高はふっとほほえんだ。ご主人様は、思った以上に性の知識がないようだ。これは、じっくり丁寧に教えてやらねば……そう思うとゾクゾクしてくる。
「契さま。キス、ってなんでしょう?」
「えっ……え、えっと……その……口と口を、……くっつける……こと」
「そう。ディープキスは、舌と舌を絡めます」
「えっ舌と舌!?」
「そう。それが、大人のキスです」
契は初めて聞いたディープキスの意味に、驚愕する。
舌と、舌。それって、汚くないか!? と。相手の唾液をなめるって考えると、気持ち悪くてぞわぞわとしてしまって、なぜそんなものが存在するのか理解できなかった。
契は唖然と氷高を見上げて、口をぱくぱくさせる。
氷高は、ディープキスをするつもりか。俺の口の中に舌をいれるつもりか。ディープキスなんて、そんな気持ち悪いことしないでくれ。
……そう、思ったが。
「では契さま。口を、開けて」
「ん……」
「そう……可愛いですね」
氷高にされるのは、アリなような気がした。
氷高はいい匂いがするし、かっこいいし、清潔感ハンパないし。舌を絡めても……きっと、嫌な気分にはならないような気がする。
契は言われるがままに、唇を開いた。そして、彼を見つめるのは恥ずかしいから、そっと瞼を閉じた。
「契さま……」
「あ……」
なんて、かわいらしい。
氷高はきゅんきゅんとしながら、そのまま契に口づける。そして、ゆっくりと、舌を契の咥内へいれていった。
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